桜の下 |
※お妙さんの語り 何がどう、というわけではないのだけれど、なんだか落ち着かなかった。 雑事の手を止めて、外をみると夕日が辺りを橙色に染めあげている。 そ れで、どうしてふらりと外に出る気になったのか・・・自分でもよく分からない。 桜の非現実的な浮遊感に誘われたのかもしれない。 道 場の外、すぐ先のほんのちょっとした並木のような桜の下へ、夕日を浴びながら歩いていった私は、一瞬ぎくりとした。 銀髪に西日を受けて、 燃えるような色をしたひとが、桜を見上げていたからだ。 咄嗟に声をかけられなかった。 私の知っている、へらへらして、とろんとし た目をした銀さんじゃないような気がしたから。 橙の光に染め上げられた桜は、この世のものとも思えず、その下に佇む人も、どこか遠いところにいる ようだった。 ひどく複雑な影を宿した目で、桜を見上げていた銀さんは、私の足音に気付いたのか、ゆらりと振り向いた。 振 り向いて、いつもみたいにへらっと笑ってくれればいいのに。 何を考えているのか読めない表情で、銀さんは唐突に呟いた。 「桜の下 に死体が埋まってるって言ったの、誰だっけ・・・?」 なんて返していいのか分からず、眉を寄せる私を見て、銀さんは小さく笑った。 「死 体なんて、埋める暇もなかったけどなあ・・・」 なんだか分からないけれど、その言葉と表情に鳥肌が立ち、次の瞬間、そんな反応をした自分 にかっとなった。 「ちょっと来なさい!」 私は銀さんの手をとって、強引に踵を返した。 「い、いててて、なんだよ」 痛 いって、と顔をしかめる銀さんは、もういつものような声音だったけれど、私は振り向かずに、道場まで銀さんを引きずって行った。 「なんな の、いったい」 上がり框まで来て、やっと手を放した私に、銀さんがぼやく。 「それはこっちの台詞よ、夕日と桜に頭をやられたのかと思った わ!」 まあ、夕日にだか、桜にだか分かんないけど、あてられてたのかもね、と銀さんは頭をかいている。 「もう、夕日が沈むまで、特別にお 茶出してあげるから、家の中に入ってなさい!」 「そういう問題じゃねえだろーよ」 自分でも、そういう問題じゃないと思ったけれ ど、このまま夕日の下の桜の前に、銀さんを置いておくのが怖かったのだ、私は。 早く上がりなさい、と言い捨てて台所に向かいながら、私は あの人の影を知らないのだ、と今更ながらに思った。 だから、どうしていいのか分からないけれど。 日が沈むまで、とりあえず、隣でお茶を飲 んでいることくらいしか、思いつかない。 すぐに沈んでしまうはずの夕日を、長く感じながら、私はひとつ頭を振って、物思いを振り払った。 こ れも、桜の見せた幻惑であるようにと願いながら。 ブログからサルベージ。
銀さんのふとしたときに見せる過去(及び脆い内面)にツボ突かれる。 最近はちらほらでてきたけど、これ書いた頃はまだまだ謎多き人だった。 2010.4.2 up
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