言葉にしないだけだ




卒業式の日は、穏やかな晴天だった。
新しい旅立ちには、相応しい気がする。
戦いを終え、先生と二人で皆に別れを告げて、こちらの世界に戻ってきた日もこんな天気だった・・・。
空を見上げると、今でもはっきりと思い描ける皆の顔。
異世界での戦いの日々も、あっという間の一年だったけど、戻ってから今日まで・・・過ぎる時間は本当に速かった。

先生のこちらでの戸籍や過去などの最低限の情報は、力が戻った白龍が気を遣って整えておいてくれたから、大丈夫だったんだけど。
全く違うこちらの世界での生活習慣や、知識を習得するのは大変だったと思う。
でも、先生は淡々と様々なことを吸収していった。
戸惑うこともきっとたくさんあったはずなのに・・・何も言わないで、ただ揺るがない背中を見せていたあの頃みたいに。



卒業式の後、友達と喫茶店に寄って別れを惜しみ、帰宅する頃には日が暮れていた。
門の前に、常夜灯の光に映し出された長身のシルエットがある。
「先生・・・?」
私が駆け寄ると、先生は
「今日は卒業式だったのだろう」
「はい。式のあと、友達と話していたら、遅くなって・・・。
先生、いつから待ってたんですか?
電話くれればよかったのに・・・」
「いや、今日はお前もいろいろあるだろうと思っていたのだが・・・どうしても、今日渡したいものがあったのだ。」
だから、何時になっても待っているつもりだった、と先生は言って包みを取り出した。

渡されたのは、小さな箱。
綺麗に飾り結びがされたリボンをそっとほどいて開けると、ベルベット張りのケースの中央に、銀色に輝いているのは、シンプルなリングだった。
「先生・・・これ・・・」
「受け取ってくれるか」
宵闇の中で、深い水底の色に染まっている蒼い瞳が、このうえなく優しい想いを伝えて、まっすぐに私を見ている。

それだけで、私には充分だったけど・・・
ちょっと悪戯心を起こして、私は真面目な顔を作って言ってみた。
「ちゃんと言ってくれなきゃ、受け取れません」
う、と固まった先生は、多分傍目からは普段とさして変わらぬ沈着さに見えただろうけど、私にはとっさに言葉が出てこずに動揺しているのが分かった。

「お前が学校を卒業するまで待とうと思っていたから、今日という日が待ち遠しかったのだ・・・。 つい、一人で先走りすぎたようだな」
ふっと笑ってから、また真顔になった先生の声が、夜気を渡って、耳に届く。
「どうか、これからは私と一緒に暮らして欲しい。 
お前と一緒に生きていきたい」

真摯な声がまっすぐに心に届いて、涙が出そうになる。
私は、すっと手を伸ばしてリングを取ると、指にはめた。
「はい、先生。
ずっと、一緒にいましょうね・・・!」



柔らかく抱きしめてくれる先生の春物のコートの胸に埋もれながら、幸せな気分が溢れてくるのを止められずに、私はつい笑ってしまう。
「それにしても、先生の動揺するところ、久々に見たかも」
からかい気味に言ってみると。
「・・・私だとて、全くの不動心ではいられぬ・・・。特にお前のこととなれば」
憮然として、先生は抱きしめる腕に少し力をこめた。
「先生」
「そんなことを、お前に言いたくはなかったのだが・・・」
「私は、言ってくれたほうが嬉しいですよ。
言ってくれないと、先生を見失ってしまうような気がしちゃうし・・・。
でも、絶対探しに行きますけどね!」
「お前らしい・・・」
柔らかく蒼い瞳を細めて笑った先生は、そっと身をかがめると、優しい口づけをおとした。





私たちは螺旋の運命の中で、何度もお互いを見失った。

お互い、一人で相手を助けようとしていたときは、覆すことの出来なかった運命。
二人で二人の運命を変えよう決意したときに、私たちは閉じた運命の輪を離れた。


だから、これからも手をたずさえて、一緒に並んで歩いていこう。
あるときは言葉で、あるときは視線で、あるときは行動で。
お互いへの愛しさを伝えながら。








先生像を固めるのに時間がかかりました。
私の中で、いまだに先生像が固まっていないのか、書きながら「こういうとき先生どうするか・・・」と迷ってしまいました。
あと、お題に沿ったものにしようとして、四苦八苦。
なんとなくイメージはあるものの(無言実行、みたいな・・・)それを話の形にすることが出来ず、最初とはまったく違う話が書きあがりました・・・。

・・・明日から十六夜記をプレイしたら、また違った展開になってる部分もあるのかも・・・ですが、3本編を追おうと思って始めたお題、のんびりペースながら完了しました。




2005.9.21





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