驚いた。けれど笑った


ぼんやりと開いた目に、映るのはきらきらと踊る夏の光。
「疲れているのか?だが、起きて何か口にしたほうがよい」
差し込む光を反射して、黄金色に光る髪。
澄んだ深い湖の色をした瞳が、まっすぐに私を見ていた。
「先生っ・・・!」
跳ね起きて、思わず勢いのままに抱きついたのは、さすがの先生も予測の範囲外だったらしく
「神子!?」
慌てたような声が頭の上から降ってきたけれど。
その腕は、しっかり私を受け止めてくれていた。
私を包む確かな感触に、思わず涙が出そうになる。
(戻ってきた・・・んだ・・・・)

手を伸ばしても届かなかった、遠い後姿。
まるで朝など来ないかのように感じた、帰らない人を待つ夜。
それらが胸の中に溢れるように渦巻いて、私は先生の外套の裾をぎゅっと握り締めた。
迷子になるまいと必死の子供のように。
しばらく先生は黙って、私を抱きとめていてくれた。



「おはようございます」
「姫君を起こす役は、オレが貰おうと思ってたのにな」
部屋の入り口から、弁慶さんとヒノエくんがひょこっと顔を出して声をかけてきた。
「神子、譲が朝ごはん作ってくれたよ。
神子の好きなもの」
「疲れてるみたいですから・・・ちゃんと食べてくださいね」
皆、心配して様子を見に来てくれたんだ。
(みんな・・・)

どやどやと大勢で広間へ移動し、譲くんお手製の朝ご飯。
「これ美味しいねえ。これも君たちの世界の料理?」
「譲、ますます料理の腕あがったんじゃねえ?」
「兄さん、そう言うなら少しは味わって食えよ」
笑っている皆を見ていたら、また涙が出そうになって、慌てて汁物を飲むふりをして顔を隠した。

「弁慶、首尾よく頭領に会えたとして、京に戻れるのはいつ頃だと思う?
留守居の部隊のことも気がかりだが・・・」
「当面はむこうも動かないでしょうし・・・」
九郎さんと弁慶さんの会話が耳に入って、私は思わず振り向いて叫んだ。
「皆、京から離れちゃ駄目!」
焦りに駆られて、急くように告げた言葉に、皆はきょとんとする。
「あ、今じゃなくてね、この後、京に戻って、それで」
「神子、もう、そんな先のことまで決まっているのか?」
「今は先のことよりさ、熊野を楽しんでよ」

ああ、ますます不思議そうな顔をされてしまった。
この後の私たちのこと・・・なんて説明したらいい?
駄目だ、どうしたらいいんだろう。
意気込んで戻ってきたけど、何をしたらいいのかなんて、分かっていないのだ。

「とりあえず、今は熊野の頭領に会いに行くことが急務だな。
支度は?」
そう言って、九郎さんが席を立つ。
「まだ山を越えなくてはいけませんし、水と食料も少し用意したほうがいいですね」
「ああ、じゃあちょっとここのご主人に頼んでみようか」
弁慶さんと景時さんもそれに続いて立っていった。

前は、熊野の協力を得ることは出来なかった。
源氏に勝ち目がないから、と・・・。
もし、熊野の協力が得られたら、この先の未来を変えられるだろうか?
でも、どうしたら、協力してもらえる?
「待って、皆、あの・・・」

混乱した私を遮って、リズ先生が声を投げた。
「神子、話をしよう。後で来なさい」
驚いて先生のほうを見たけれど、もうその姿は廊の角を曲がって消えるところだった。



後を追うように外へ出ると、屋敷の裏手に流れる川のふちで、先生は立ち止まった。
「お前はこの川の流れを留めることが出来るか?」
いきなり言われた言葉を、一瞬理解できず、私はぽかんとしたのだと思う。
先生はゆっくりと振り返ると、その鋭い眼差しで私を射た。
「君見ずや 黄河の水 天上より来たり
奔流 海に至りて また回(かえ)らず
・・・自然に生まれた流れを変えることは出来ない」

・・・出来ない?
運命を変えることは・・・この先の大切な人の死を避けることは出来ない・・・?
「先生は・・・何を知っているんですか・・・」
かろうじて押し出した声はひどく掠れていた。

「私が知ることなど、ほんの微々たるものだ。
だが・・・お前が時空の流れを・・・運命を変えることを望んでいるのは分かる」
先生の低く響く声。
私は驚きに言葉もなかった。
先生の深い湖みたいな瞳から、視線が外せない。
「・・・覚悟はあるのだな」
私はしびれた頭のまま、ゆっくりと頷いた。
そのとき、まっすぐに私を見る青い瞳に、水底のような揺らめきを見たと思ったのは、私の錯覚だろうか。
先生は、噛んで含めるように言葉を紡ぐ。
「流れには源流がある。
ひとつひとつ、流れのもとを変えてゆけば・・・大きな流れもいずれは変わる」

「・・・源流を」
驚きからゆっくりと回復すると、じんわりとその言葉が沁みこんでいった。
希望は、あるんですね。
それが、どんなに僅かな可能性でも、希望があると分かっているのなら、そこに向かって走っていける。
「ありがとうございます、先生」
「礼を言われるようなことはしていない。
お前の決意、それも私には止めようのない流れだ」

淡々と、でもそっと背中を押してくれるように言う先生。
ああ、こんな言い方、こんな表情、先生だなあって思う。
ちゃんと、手を伸ばせば届くところに、先生が居てくれる。
この人を失いたくない。
・・・まだ、何をしたらいいのか、分かったわけではないけれど。
やってみよう、運命が変わるまで。

「先生は、いつも私を流れに乗せてくれます。
だから、お礼を言いたいんです」
「・・・そうか」
ほんの微かに目元を和らげた先生の髪を、川を渡る風が揺らしてゆく。
「夏の風って気持ちいいですね」
久しぶりに、心置きなく私は笑った。








一度現代に戻されてから、時空を戻っての熊野。
「目が覚めたようだな」と先生がいてくれたときは、ほんとに「先生ー!」と飛びつきそうでした(笑)
でも、これ今見ると感慨深いですよね、先生の台詞・・・
自分に言い聞かせているのかもしれない。
先生も、運命の上書きを繰り返している最中なんだもの。

ちなみにプレイ時、このあと「源流ってどこですか、先生!」とうろうろ彷徨ったウチの迷子神子^^;

しかし、先生創作しようとすると、いろいろ自分的に設定しとかないといけないことがありますね・・・。過去の上書きのこととか・・・
でも考えてると、知恵熱が出そうです・・・

2005.3.11





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