強さの理由


 私がそこに辿り着いたときには、全ては終わっていた。
 先生は、一人で行ってしまい、一人で戦を終らせた。
 残されたのは、欠けた腕輪の残骸だけ。



掌の上に乗せられた、ひんやりと冷たい金属の感触。
その軽さは現実感のなさであり、その冷たさは突きつけられた事実でもあった。
(ちょっと・・・待って、こんな、こんなの・・・)
意味をなさない否定の言葉を心のうちに並べ立て、望美は必死に抗おうとした。
だが、目の前の小柄な尼が語る言葉は、否応なく望美の耳から忍び入る。
「鬼の方は最後に、『神子』と・・・そうおっしゃったように聞こえました。
それが、最後の言葉であるなら、あなたにこれをお渡しするべきかと・・・そう思いましたので」

(先生。
最後に私を呼んだの?
何を・・・伝えたかったの?
それとも。
やっぱり私には何も言ってくれないのだろうか・・・。)

「望美・・・」
虚ろに掌の上の腕輪を見つめつづける望美を、後ろから支えた朔が気遣わしげに覗き込む。

「戦が終わり・・・わたくしたちは取り残されていくのですね」
静かに佇む二位ノ尼の言葉が、暗い海面に零れ落ちていった。





辺りが闇に覆われても、望美は一人浜辺で海を見つめていた。
戦が終ったとはいえ、辺りはまだ後始末をする者たちでぽつりぽつりと火が焚かれ、動き回る人の気配に満ちている。
それは、海に消えた彼を偲ぶには、あまりに夾雑に過ぎて、堪えがたくなった望美は、ぽかりと暗い海に歩み入った。

ただ、今は何も目に映さず、耳に入れず、静かに自分の胸にある痛みと向き合いたかった。
波が足元にまとわりつき、冷たさがすぐに感覚を奪っていく。
(先生・・・こんなところで・・・こんなに冷たいのに・・・)
どこか呆然としたまま、望美はざばざばと海の中へ入っていった。
(このまま歩いていったら、先生に近づくんだろうか・・・)

「おい!」
突然、後ろから声と共に肩を掴まれた。
「何をしてるんだ、お前は!」
そのまま、有無を言わさず、浜辺まで引きずっていかれる。

「九郎さん・・・」
まだ呆然としたままの力無い声音に、九郎は微かに眉を顰める。
「一人でふらふらしていたかと思えば、夜の海なんぞに・・・!」
途中まで怒鳴りつけた九郎の声が、急に尻窄みになった。

「・・・先生のあとを追おうなんて考えたんじゃないだろうな」
その戸惑うような、弱々しい口調に、かえって望美は、はっとなった。
「違います、そんなんじゃありません」
「だが・・・お前、なんだか虚ろな顔でどんどん沖へ行くから・・・」
「心配かけてごめんなさい」
ぺこりと頭を下げた望美の腕をやっと放し、九郎は手近の岩にどかりと座り込んだ。
望美も、隣に腰をかける。

「先生は、よく『生き延びることを考えなさい』と言ってました・・・」
思い出を話し、面影を思い起こせば、胸の痛みは更に激しくなる。
それは九郎も同じだったのだろう。
「ああ。俺も言われた・・・」
表情は見えないが、呟く声は悲哀に満ちていた。
「そして、一人で先回りで源氏を・・・私を守ってくれた。
それなのに、簡単に命を捨てることは出来ない・・・」

お互いに海に・・・
闇の中にさざめく波に目を凝らしながら、ぽつりぽつりと会話をする。
別の時空での福原の戦の後も、こうして九郎と話したことを、思い出した。
(あのときも・・・先生は一人で・・・。
私たちを守って、消えたまま帰ってこなかった・・・)
帰らぬ彼を待つ間、朦朧とした意識の中で、必死に悪い想像を押さえつけて、「先生は強いんだから、絶対に帰ってくる」と心の中で唱えつづけた。
だが、再び彼の姿を見ることはなかった・・・。

「先生は・・・強いな」
「っ・・・!」
「ただ御一人で、その強さで、至らぬ俺たちを助けてくださった」

(でも、それは自分を捨てて得る強さ・・・)
苦く、望美は心の内で思う。
(私たちには、『生き延びろ』って言ったのに・・・どうして、先生?
皆を、先生を、守りたくて私は戻ってきたのに・・・)



うつむいて、しばらく沈黙していた九郎が、表情を改めて望美のほうを見遣った。
「お前を元の世界に返してやるからな。
きっと、先生もそれを望んでおられる」
「・・・」

(『在るべき場所へ帰りなさい』と先生は言った・・・
だけど・・・)



「そろそろ戻るぞ。
皆、心配しているだろう」
「もう少しだけ・・・朝日を見てから行きます。
九郎さん、先に戻っていてください」
「・・・」
少し躊躇ったのち、九郎はそっと踵を返した。
「早めに戻ってこいよ」
「・・・はい」



逆鱗を握り締め、望美は空を見上げる。
白み始めた天は、雲ひとつない一日を予感させた。


『あるべき場所へ帰りなさい−』

耳に甦る声。
去り際に告げられたその口調は、抑えられていたけれど、とても優しかった。
優しすぎて、哀しくなるくらい。

「帰れないよ、先生・・・。
こんな気持ちのままじゃ・・・。」

淡い虹色の光が沸き起こり、望美の姿を海辺から掻き消した。
朝日に白く照らされた浜辺には、ただ波だけが変わらず寄せては返し、何事もなかったかのように静かだった。








「波間に消える」の辺りです。
望美ちゃんは、まだ迷っています。
でも、言葉の端々から、先生が自分にかける想いにかすかに気付いている。
明確な決意ではないけれど、「逢いたい」「助けに戻ってきたのだから、やり遂げる」「疑問を解消したい」との想いを持っています。
・・・って、解説しなきゃいけないのは駄目ですよね〜;;;

いままで割とゲームに忠実にやってきたんですが、何故か今回微妙に捏造気味。
ここから終章までは、お題にどう割り振ろうかと、けっこう悩みました。
・・・というか、この話、お題に沿って・・・る・・・?

2005.5.26





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