上手く伝えられずに

願うことはただひとつだけ。
だが、私はそれを言の葉にする術を持たない。
自分の胸の奥深くにそのただひとつの願いを抱きしめたまま、私はお前を前に言葉を失う。



もともと、独りで居ることに慣れた私にとっては言葉を紡ぐことは得手なことではない。
この外見を怖れる人々は、いくら言葉を尽くそうとしても、それに耳を傾けることはなかったし、私自身も胸に刻まれたひとつの目的のこと以外にはさして関心がなかった。

お前を生き延びさせること。
だが、それは人には・・・特にお前には決して言うことの出来ないことだ。



どうすれば、お前が生きる運命に辿り着くことが出来るのか。
何度も何度も違う道を試し、そしてそれが報われたためしはなかった。

あまりにも清らかで、だが身を守る術を持たなかったお前に剣を教えた。
神子の属する源氏の軍を率いると知って、九郎に自分の知る限りの剣術を伝えた。
戦の結果を知っていたときは、流れに介入してみたこともあった。
少しずつ、辿る事象は変わる。
だが、どうあってもお前の死を避けることが出来ない。

お前はひたむきに私を追ってくる。
そして、私の目の前で、その命は刈り取られてしまう。



どのように言葉を選べば、お前を留めることが出来るのか。
私を追ってくることのないように。
お前自身の死の運命に足を踏み入れないように。

もっと上手く立ち回れる性分ならば、嘘をついてでもお前を戦いから、死の運命から遠ざけることが出来ようものを。
だが、どうしてもお前に器用な嘘をつくことは出来ない。



苦吟しても、益のある言葉を紡ぐことは出来ず、お前にこの願いは伝わらない。
ただ、お前を生かしたいだけ、それだけなのに・・・。
私を追ってはいけない。
私のことなど忘れていい、だから幸せに生きてくれ。

何ひとつ上手く伝えられないまま。
私はお前の前から姿を消すことしか出来ない。
遠く、風に紛らせて、お前の名を呟きながら・・・。
今度こそ、お前が生きる運命を掴むことを願いながら・・・。






黙って守ってくれていた、先生の献身的な愛情を知ったときは、「この人は、もう〜」と胸をつかれました。
一人で黙々と己を磨いてきた人生のせいか、言えない秘密のためか、先代たち以上に寡黙な人ですよね。
皆に先生と呼ばれているように、人に慕われる要素はあるんですけど・・・。

それにしても「上手く伝えられない」先生を上手く文章で書くことが出来ない私こそ、このお題そのまんまじゃん、と思ったり〜^^;

2005.3.30





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