冬暁 |
見上げた空は、光の一片もなく暗い。 雪に閉ざされたこの北の地では、夜明けはまだ遠いのだ。 ほう、と吐いた息が白く曇るのを、千鶴はぼんやりと眺めた。 (今日も寒いな・・・。 でも・・・) この厳しい寒さの故に、千鶴たちは束の間のささやかな平穏を享受していた。 雪が溶ければ、新政府軍が攻めてくるだろう・・・それは皆が暗黙のうちに了解していて、密やかな緊張感を伴った平穏ではあったが。 土方たち、首脳陣は組織の足固めと、戦いの準備に奔走している。 さきほど部屋を窺ったときも、まだ灯りが点っていた。 もっとも、今の土方には昼の光こそがこたえるはずで、そういう意味でも、千鶴はこの地の気候に密かな感謝を抱いていた。 ここまで土方を無理矢理に追ってきたが、自分に出来ることは何ほどもない。 昼も夜も激務の最中にある彼を、少しでも助けたいという意志はあるものの、それだけでは役に立たないこともまた、ひしひしと突きつけられている。 放っておくと無茶をし続ける土方の様子を窺って、仕事が途切れそうな合間を狙って茶を差し入れる。 それを飲む間だけでも休憩をしてくれることを願って。 あるいは、細々とした身の回りの物を揃えたり、簡単な連絡事項などのお使い。 その程度でしかない。 もう一度、息をつくと千鶴は身体を震わせた。 しんしんと冷える空気が、熱を容赦なく奪っていく。 「春まで保てばいいがな」 ぽつりと彼が言った言葉が、重く心にのしかかっている。 自分自身が、とも、この北の地の束の間の平穏が、とも取れる言葉だったが、どちらにせよ、千鶴はどんなに厳しい冬であっても、長く続いて欲しいと思わざるを得ない。 灰色に塗りつぶされた風景のように、千鶴も在る意味心を麻痺させて日々を過ごしていた。 「千鶴、こんなとこで何やってんだ」 不意に声をかけられて振り向くと、盆を持った土方が立っていた。 「あ、土方さん・・・、何か御用でしたか?」 「いや、見張り連中に酒を差し入れてきたんだが・・・寒そうだな。おまえも要るか?」 「え、私お酒は・・・」 「冗談だよ。ほら」 笑いながら手渡された茶碗には、温かい茶が入っていた。 「いつもおまえにしてもらってばかりだからな」 陶器の表面から伝わる温度が、かじかんだ掌をじんわりとほぐしていく。 温まったのは、しかし、掌だけではない。 その温度は、強張った心をそっと撫でるように和らげてくれた。 「ありがとうございます」 嬉しそうに笑う千鶴を見て、土方も表情を緩めた。 「こんな遅くに、こんなとこに長くいたら凍えちまうぞ。 早く寝ろよ」 「土方さんこそ少しは寝てください。 土方さんが寝てくれたら、私も寝ます」 「ふん、なら一緒に寝るか?」 「け、結構です!」 悪戯っぽい笑みを浮かべて、そんな台詞を囁いてきた土方に、上手く反応を返せなくて千鶴はそっぽを向いた。 この程度の戯れで顔を赤くしている千鶴の様子に、土方は笑みを深くする。 「軍の編成がまだ終わらねえんだよ。 早くやっておかなきゃいけねえからな」 おまえはそれを飲み終わったら寝ろ、と言い置いて土方は自室のほうへと歩み去っていった。 手の中の湯呑みを抱き締めるようにして、千鶴はその背中を見送る。 深く長い冬の夜に比べれば、小さく儚い温もりを、それでも確かなものとして両手に感じながら。 (私に出来ることはささいなことだけど・・・でも・・・) 自分が今、慰められたように、少しでも彼の支えになれるのなら。 どんな小さなことでも、土方の背負う重い荷を軽くする一助になるのなら。 振り仰いだ空からは、ちらほらと白いものが落ちてきていた。 春までは、まだしばらくの猶予があるだろう。 (どうか、少しでも長く・・・) 冬が続くようにと、千鶴は願った。 温かいものって癒されるよね、っていうだけの話だったんです;;;
土方さん好きだけど、自分で書くのは苦手なのに・・・なんで蝦夷話になったんだろ。 2009.2.12
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