妹と二人で日野に行ってきました! 「新選組のふるさと歴史館」に行きたい、という妹リクエストを受け、日野へ。 12月10日オープン、「新選組誕生」という展示と、大河で使った小道具が置かれている、ということで・・・ 駅に降り立ったものの、私がHPで検索してプリントしてきた地図を眺めつつ「ここはどこ〜」と困惑。 しばらく進んでいくと「井上源三郎資料館はこちら」という案内板があったので「これは反対に来てしまったのでは・・・」と思い、戻ることに。 第一、第三日曜が開館なので、今日はやってませんでしたが、資料館の前を通って眺めて悦に浸りました(笑) ご子孫のお宅の一部の蔵が資料館になっているので、お隣に立つ住居部分の庭にはクリスマスの飾りつけが・・・。 微笑ましい気持ちになりつつ、私みたいなミーハーファンがやってくるのだからご子孫というのも大変だろうなあ、とも思いました^^; 駅まで戻り、タクシーを使おうか、なんて相談しつつ付近地図を眺めると、妹が「わかった!」と言うのでお任せでまた歩き出す私たち。 駅前のタイヤキ屋さんがとても魅力的だったので;;;タイヤキを買って食べながら歩きました。(本日のお昼ごはん) 八坂神社に寄ってお参り。 中を覗き込んでみたものの、三代目周助が奉納した額(近藤さんや沖田さん、源さんの名前も載ってます。土方さんはこのときは入門してないのか、名前なし)は見えないねえ〜と言っていたのですが、こちらは歴史館のほうで見られました。 市役所通りという長い坂道を上っていき、案内板に従って左に折れると歴史館に到着。 最初の方角で、方角はあってたんです。曲がるところが分からなかっただけで^^; ということで、新選組のふるさと歴史館。 新選組の成立土台ということで、多摩の豪農や八王子千人同心についての資料が展示してあります。 名主レベルの人たちは細かく日記などをつけていて、ネットワークがあり、江戸の情報(黒船来航とか、桜田門外の変)がすぐに伝わってきたみたいですね。 また、周助は剣術のみの継承で、八王子より東に根付き、、八王子中心に三術(剣術、柔術、棒術)の指導をしていた増田蔵六という人(でもこの人は同心株を持っているので宗家は継いでない)の天然理心流グループと競争意識があった・・・とか。 私が一番印象深かったのは、京都残留願いの連名書。 芹沢、新見、近藤・・・と名前が連ねてあるんですが、ちゃんと斎藤一、って入ってる。 斎藤さんがいつから近藤さんたちと面識があるのか、いつ加盟したかというのは、小説なんかだとまちまちなんで、興味あります。 石田村関連の土方さんの資料もあったんですが、こちらは来年5月に報告書が刊行されるまで、引用したりしてはいけないそうなので、一応自粛しておきます。 あと、大河で使われた小物の展示(つねさんへの手紙とか、近藤・土方の宝物だったコルクとか、刀とか)と、ビデオの上映(CGの土方さんが独白しているもの、新選組の概略を蛙の弁士が威勢良く語るもの^^;、大河のメイキングなど)がありました。 CGの土方さんの独白、妹が「声が好み〜」と言っていたのですが、森川智之さんでした。 洋装と羽織の衣装も自由に着られるようになっていて、妹はとても洋装が着てみたかったみたいなんですが、スカートだったので断念。 私は羽織だけ羽織ってみて、脇差を持ってみたんですが、「腰が入ってない!」と怒られました・・・。 さて、日野宿本陣との共通券を買ったので、本陣のほうへ行こうと思ったのですが、載ってるマップを見ても、どっちだか分からない・・・! 妹の勘に任せ、私はひたすらついていきました。 行き止まりかと思いきや、ものすごい急な階段を降り(歴史館のあるところは高台で見晴らしいいです)、途中地元のおいちゃんに道を聞くと、すぐそこでした。 ・・・しかも、駅から近かった・・・。 これが本陣の門。 中では、ガイドさんが細かくガイドしてくれて、とても面白かったです。 入ると土間なんですけど、大黒柱とかものすごくどっしりしてて・・・。 土間から上がったところは、名主、兼、宿の問屋としての執務をしたところだそう。 畳の敷き方が独特なのも、そのためだと聞いて、「へ〜。」 それから、隣は本当は板の戸で仕切っていて通れなかったそうですが、本陣としての玄関間。 ここで、土方さんが昼寝をしたそうな・・・と言いつつ、本陣は焼けてしまっていて、新選組が京に行ったあとに今の建物が建て直されたので、「土方さんが帰ってきたとき、ここで門の脇のかつて剣の稽古をした場所(門の脇あたりの庭で理心流の稽古が行われたんだとか)を偲んでいたのが、昼寝をしていた・・・という話になったんじゃないか、と思うんですよ」とガイドさんがご自身の推理を話してくれました。 その隣が、本陣の機能としては、従者の控えの間。 ここに市村鉄之助がかくまわれた・・・? 「これも本当かどうかは分からないんですよね〜。彦五郎さんの日記にはないですし・・・。でも、日記は公的なものなので、書けなかったのかも」なんて話が。 あと、写真を持ってきた、という話ですが、それとは別に北海道に行った人が売られていたブロマイド(???)を持ち帰ってきたとか・・・。 それから、棟上の際の棟札に大工の名が記されているんですけど、その中に大石鍬次郎の名が・・・。 大工だった、とか元はどこかの武士だったなんて話もありますが、恋華の大石さんのイメージとはかけ離れてますね(笑) でも、ガイドさんが「大石が彦五郎と懇意だったのは確かです」とおっしゃってました。 意外だ・・・。 といったところで、妹は新幹線の時間があるので、引き上げることに。 今度またゆっくり来ようと誓ったのでした。 今度は、もう少し詳細な地図を用意してからにしようと思います・・・。 |
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