花覆雲 |
太陽のような少女だと思っていた。 時空の彼方から現れたという龍神の神子たる少女。 明るく、暖かく、その顔の曇ることなどないのだと・・・。 だが、空の陽に雲がかかることがあるように、その少女の笑顔にも翳が差すことがあるのだと、知った。 彼女は決して神そのものではなく、独り泣くときもあるのだと・・・どうして想像もしなかったのか。 その日、珍しく頼忠は翡翠と言葉を交わした。 「今宵はよい月だね、頼忠」 警護に立っている頼忠に、帰り際翡翠が声を掛けてきたのだ。 「・・・」 「そんなに怖い顔をしなくてもよいだろうに。・・・今宵の満月は神子殿の笑顔のようだと思わないかい?」 「神子殿の・・・」 「だが、少し雲があるようだね。せっかくの美しい月だが・・・」 意味深に微笑して、海賊の男は身を翻した。 「では、また」 夜更け、明るい満月が照らす館の庭を、警護の確認に周っていた頼忠は、桜の古木の幹に背をもたせて膝を 抱えうずくまっている影を見つけた。 華奢な輪郭。 「神子殿?」 少女はゆるりと伏せていた頭をあげた。 その虚ろな表情に一瞬胸を衝かれた。 「なにを・・・」 しかし、次の瞬間、花梨は明るい顔を作ってみせる。 「あ、見つかっちゃっいましたね。ごめんなさい。」 おどけた口調で言ってみせるが、必ずしもそれは成功していなかった。 「ちょっと考え事をしていたんです」 「なにか・・・お悩みがあるのですか」 そっと尋ねた頼忠に、花梨はなおも、ぎこちない笑顔を向ける。 明るかった月の光を雲が遮り、闇が落ちる。 少女の表情も暗い翳の中に沈んだ。 「貴女は私にとっては、陽であり月であり・・・いつでも笑顔で居て欲しい。 遮る雲など許せはしない」 「うん、暗い顔なんて見せられないよね。神子が暗い顔してちゃいけないもの」 「!・・いえ・・・そんなつもりで申し上げたのでは・・・」 花梨の言い様に頼忠は慌てた。 そして、突きつけられた気がした。 自分たちの勝手な期待と疑惑が、この少女をいかに疲弊させていたか。 慣れない環境、怨霊と戦う日々、それらが降り積もり、彼女の心をいかに侵蝕していたか。 それに気付かずに、いつでも光であれ、と。 自分たちを導き京を守るものであれ、と。 強要していたのか、知らず知らずのうちに。 「・・・神子殿」 「ただでさえ信用されてないのに、泣き言を言っているところなんて見せられないよ。 『それでも龍神の神子か』ってまた言われちゃう」 冗談めかそうとしてか、苦笑したように花梨は言う。 それで、誰にも見られない場所を探しあぐねて、このような場所まで彷徨ってきたのか・・・。 表情は陰になって見えなかったが、彼女が小さく震えているのが分かった。 「どうか、そのように涙をこらえないでください。」 自分で自分を抱きしめるように、隠すように泣くのをこらえる姿が痛々しいようで。 「私が隠して差し上げます。 誰も見てはいません。 だから、ここでは泣いてもよいのです。」 頼忠は思わず腕を伸ばして、自らの腕の中にすっぽりと花梨を包み込んだ。 花梨は一瞬驚いたように身を強張らせた。 「でも・・・」 「よいのです」 深い声音で言って、彼は安心させるように花梨の背中を撫でた。 こつん、と頭を頼忠の胸に預けて、花梨は堰が切れたように大粒の涙を零した。 自分でも気付いていなかった 本当は泣きたかったことを 内に溜め込まれたもやもやとした感情を涙で洗い流してしまいたかったことを ただ、貴方が優しくしてくれるから 気付かぬうちに涙をこぼさせるくらい、優しく私の心を解き放ってくれるから 自分の心がこんなに泣きたがっていたのに気が付いた あともう少しだけこうしていてもいいかな? そうしたら、また前を向いて歩いていける 周りのものを美しいと愛しむ気持ちを持てる・・・。 華奢な少女を包み込むように抱きしめて、頼忠は雲間から覗いた月を見上げた。 泣いている月を隠す雲に。 花を守る帳に。 雲は月の敵ではなく、護り人であるのかもしれないと、頼忠はふと思った。 落ち着いて独りで落ち込める場所ってときどき探して彷徨いませんか?>私だけ?
なんか月、雲、花で洒落たオチというか序と締めの対比をやりたかったんだけど、いまいち・・・。 ちなみにこれってストーリーのどのへんにあたるんでしょうね?(我ながら馬鹿・・・) 院編2章あたり かな。 この段階で頼忠さんがここまで積極的に出てくれるかなあ、って気もしますが。 あ、まずい・・・。「刻の封印2」で「月はまるで神子殿のようだ・・・」「雲が月を覆い隠していく。 私にはそれを止める術はない」って頼忠さんのモノローグが・・・。 なんか、書こうと思ったシチュエーションとか台詞がオフィシャルの中にあるのを発見してがっくり することが多いです・・・。 私の考えることって単純だからなあ。
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