昼の星


 「あなたは出来るから。
いざというときにはちゃんと出来るから」
貴女の言葉が私を支える。 私の中に芽を吹き、根をはる。
そうして、私を構成する一要素になる。 呪文のように唱えて、心を強くするその言葉。





暗闇にぼうっと燐を纏って立つ人影たちが告げる。
 「あなたなんか要らない。」
 「お前なぞ役に立たぬ」
無情な宣告。
 「・・・っ!!」
何か叫ぼうとした瞬間、断ち切られた闇から朝の光へと意識が覚醒する。
 
 「夢・・・」
泉水は乾いた口の中で呟いた。
ここしばらくは見ていなかった悪夢。
彼女が―龍神の神子たる花梨が現れてから、彼女のために力を尽くし、支えたいと思ってき
た。
自分に出来る精一杯の心遣いを示し、少しでも慰めになればと贈り物をし、笛を奏でた。
だが・・・。
昨日の出来事を思い出し、泉水はきつく目を瞑った。





花梨は昨日も泉水と泰継を連れ、四方の札を探すべく京を歩いていた。
未だに泉水は泰継の超然としたさまに、気後れを感じる。
少し後ろに下がって歩き、すたすたと先を行く泰継と、彼に一生懸命話し掛けている花梨を見
ると胸に石を詰められたような気持ちになる。
ふと、泰継が足を止めた。
 「・・・呪詛の気配だ」
俯いていた顔を上げた泉水も、その大気に混じった澱のような呪詛の気配を感じとる。
 「行くぞ」
 「あっ、泰継さん、待ってください!」
さっさと気配を辿っていく泰継と、その後を小走りに駆けていく花梨を、泉水も慌てて追った。



 「またお前たちか!」
呪詛は近くの小さな社にあった。
三人がそこにたどり着いたとき、境内に屈み込んでいた人影が立ち上がって叫んだ。
 「それはこちらの台詞だ」
 「和仁さま・・・」
 「私の邪魔をするな!」
激昂する和仁を、かばうように前に出た時朝が押さえる。
 「宮様、お退がりを」
 「うるさい!こいつら怨霊に喰わせてやる!」
叫んで、和仁はいいことを思いついた、といわんばかりに、にやりとした。
 
「和仁さま、もうおやめください。このような・・・」
訴える泉水を和仁は鼻で笑った。
 「お前などに用はない。ひっこんでいろ」
 「ですが・・・」
 「うるさい!!」
和仁は手に持った石のようなものを投げつけた。
それはたちどころに鳥型の怨霊へと姿を変え、泉水に襲い掛かる。
 「危ない、泉水さん!」
はっとしたときには、もう少女に突き飛ばされていた。
 「神子!?」
そして、自分の代わりに怨霊の爪に肩口を切り裂かれた花梨の姿。
自分の脈の音ががんがんと耳につく。

 「くっ」
宙を旋回して再び神子に襲い掛かる怨霊を、泰継が防ぐ。
泉水は、はっと我に返った。
 「泰継殿!」
 「問題ない。」
泰継はそっけなく答えたが、声には少しばかり苦痛が滲んでいた。
怨霊はけたたましく鳴き声をあげると、三度みたび 突っ込んできた。
 「っ!」
泉水は身構えたが、怨霊はその瞬間、飛来した影に打ち落とされた。
 「やれやれ、なんだか大変なところに来合わせてしまったかな」
 「翡翠殿!」
翡翠は流星鍾をたぐりながら姿を現した。
 「翡翠、怨霊を抑えろ。散らす」
泰継が、目は怨霊に据えたまま、振り向かずに言う。
 「わかったよ」
声と同時に手元から飛んだ流星鍾が、瘴気の塊の鳥を捕らえる。
 「劫火招来、急急如律令!!」
泰継の放った術が、怨霊を包み、消し去った。


 「やつは逃げたか」
辺りを見回し、和仁と時朝の姿がないことを確認した泰継が呟く。
 「神子殿、大丈夫かい?」
言いながら、翡翠がひょいと花梨を抱き上げた。
 「ひ、翡翠さん!たいしたことないから、大丈夫ですってば〜」
慌てて抗議する花梨の声は元気そうで、泉水は安堵すると同時に、襲ってくる後悔と自己嫌
悪に苛まれた。





重い夢を引き摺ったまま、泉水は花梨の見舞いに紫姫の館を訪れた。
花梨は別に平気だと主張したのだが、紫姫がせめて今日は休んでくれ、と泣き落として京の
散策を止めたのだ。
 「わざわざすみません、泉水さん」
花梨は笑いかけたが、泉水の表情は晴れなかった。
 「・・・申し訳ございません、神子。」
 「な、なんで謝るんですか?」
 「貴女をお守りするべきわたくしが、逆に守っていただくなど・・・。貴女にお怪我をさせ、その
うえ、わたくしは何も出来なかった。
翡翠殿がたまたま来合わせてくださったからよかったようなものの・・・」
言いながら、何も出来ない自分の無価値さに、身を切られるような心地がする。
 
 「私は、他の方のように貴女のお役に立つことができない。」
一度、言葉に出してしまうと無力感は更に重く、胸を火のように焼く。
言っても詮無いことと知りながら、口からこぼれる言葉を止めることが出来ない。
 「貴女をお守りしたいのに・・・わたくしは泰継殿のような力はなく、翡翠殿のように何事にも
動じぬ自信を持つこともできない・・・」

黙って聞いていた花梨が言った。
 「泉水さんは昼の星みたいですね」
 「は?どういう・・・意味でしょう?」
花梨は歌うように小さく呟いた。


 「『昼のお星はめにみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ。
見えぬものでもあるんだよ』」


不思議な抑揚で歌われる、柔らかい詩。
泉水は花梨を包む優しい光が、波紋のように広がっていくような錯覚を覚えた。
 「私の世界の詩なんですけど・・・私、これ好きなんですよ。なんだか綺麗でしょ?」
 「ええ、そうですね。美しい響きです」
 「でね、今ふと泉水さんみたいだなあって思ったんです」
 「わたくし・・・ですか?」
 「泉水さんは自信がないっていうけど、いざっていうときはちゃんと出来てるんだから。
昼間は星は見えないけど、確かにそこにあるのと同じ。」

彼女の言葉は、心の中に種を植える、と泉水は思う。
それは芽を吹き、柔らかな蔓に、緑なす樹になり、自分を支える拠り所となる。
 「神子・・・ありがとうございます。
あなたの言葉は、いつも私を驚かせ、そして勇気をくれる。
光を追って伸びる蔓草のように、私はあなたを求めて強くなれる・・・」
泉水は花梨の手をとった。
 「あなたのために強くなりたい・・・」


彼女に会って、自分の世界は、自分は随分と変わった。
まだ、それに戸惑ってばかりだけれど・・・
自分はもっと変わっていくだろうから。
彼女の与えてくれる、優しい光によって。






泉水さんがあまりにも「私なぞ・・・」というわりに、彼を序章のパートナーにしたら、 やたらりりしかったので「ちゃんとできるのに!」って言ってあげたかった・・・。
誰かの言葉が自分を呪縛することがあるということ。
反対に自分を支える根っこになることがあるということ。
それが書きたかったんだけどなあ・・・。
わかりにくいですよね・・・。
花梨ちゃんが言ったのは金子みすず「星とたんぽぽ」です。
『青いお空のそこふかく、 海の小石のそのように、夜がくるまでしずんでる』というフレーズが大好きです。




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