しばしのなぐさめ |
近頃は、眠りの中に、焦りと不安が現れる。 「あなたには言ってもわからない。」 自分を拒絶する、凍った瞳。 動揺した自分のせいで、救えなかった怨霊。 絶望を抱え、かろうじて生き延びることに精一杯な人々。 何も、出来なかった。 自分は正しいのか。 出来る限りのことをしているのか。 どうしよう、間に合わなかったら。 この都が、滅んでしまったら・・・。 皆が、傷ついてしまったら・・・。 はっ、と花梨は自分がうたたねしていたことに気付いた。 「ゆ、め・・・。」 よく覚えていないが、ごちゃ混ぜになった色彩と、追いたてられるような不安は、まだ身のうちにある。 今日もまだ、札についての手掛かりは辿れておらず、絶望に駆られた人々が暴走している現場を目の当たりにした。 紫姫が下がってから、ぼんやりと今日の出来事を考えているうちに、眠ってしまったようだ。 「ふう・・・」 花梨は気持ちを切り替えようと、部屋の外に出て、冷たい空気を胸に吸い込んだ。 「大丈夫、大丈夫」 繰り返し、唱える。 大丈夫。 大丈夫。 大丈夫。 それしか、自分の心を奮い立たせために唱える言葉が浮かんでこない。 心のどこかが、それは嘘だ、と喚いていても。 大丈夫。 ・・・。 あまり効果のある呪文とは言えなくても・・・。 上弦の月の頼りない光は、高欄に寄りかかり暗い庭を眺めている花梨を照らしてはくれない。 「こんなことで、落ち込んでる場合じゃないのに・・・」 悪い考えにいったん囚われると、絡まった糸のようにどんどん気分は引きずられていく。 「神子?」 涼やかな声に呼ばれて、はっと花梨が我に返ると、簀子(すのこ)の向こうから泰継が近づいてくるところだった。 夜の中に、すんなりとした彼のシルエットが溶け込んでいる。 花梨の傍まで歩み寄った泰継は、開口一番平坦な声で言った。 「このような夜中に外に出るな」 いつものお小言。 「ごめんなさい」 小さく謝ったものの、動く気配のない花梨に、泰継が訝しげな顔をする。 「どうしたのだ?」 「―どうもしませんよ。・・・泰継さんは、こんなに遅くどうしたんですか?」 「紫姫と、占いについて相談していた」 抑揚なく、泰継が短く答える。 「ああ・・・。お疲れさまです。紫姫も頑張りすぎちゃうから・・・。大丈夫そうでしたか?」 「大丈夫だ。もう休んだだろう。」 「じゃあ、泰継さんも、早く帰って、ゆっくり休んでくださいね。」 かろうじて笑顔でねぎらった花梨の顔を、じっと泰継が覗き込む。 「―疲れているのか?神子」 「え・・・」 「気が停滞している」 淡々とした声、事実だけを述べる言葉なのに、そこに自分を気遣う優しさを確かに感じて、花梨の瞳から涙が滑り落ちた。 「あ、れ・・・?」 その涙に、花梨自身が驚いたが、一度零れた涙は次々にその頬を流れ落ちる。 「神子―」 泰継の少し戸惑ったような指が、そっと涙を拭う。 ほんの少し触れた指が、とても暖かいような気がして、ますます涙が溢れた。 「神子・・・」 声を出さずに涙を流す花梨を、そっと泰継は抱き寄せた。 長い指が、花梨の榛色の髪を梳く。 「落ち着いたか?」 「もう少ししたら、また頑張るから・・・。 だから・・・もう少しだけ、こうしていて」 ぎゅっと衣を掴んで、顔を伏せたまま花梨が囁いた。 「・・・お前がそう言うのなら、今暫くこうしていよう。 それで良いか?」 ゆるく花梨を包んでいた腕を、少しだけ強めて、泰継は答えた。 花梨を抱きしめたまま、簀子の端に座って、細い月が隠れるまで泰継は空を眺めていた。 「神子?」 自分の胸にもたれている花梨があまりに静かなので覗き込むと、涙の跡を残したまま寝入っていた。 花梨を抱き上げて、室内に運び込むと、寝床にそっと寝かせ袿をかけてやる。 そして、物音を立てない身のこなしで立ち去ろうとした。 「う・・・」 そのとき、眠る花梨が、眉をひそめて声をあげた。 いったんは乾いた涙がまた、閉じられた瞳のふちに溜まっている。 「・・・」 踵を返して花梨の枕元に戻った泰継は、花梨をじっと見つめた。 そして、その額に手をやり、耳元に囁いた。 「大丈夫だ。悪い夢は私が祓う。」 口中で低くまじないを唱える。 すると眠っている花梨の口元が、ほころぶように笑みを刻んだ。 「ゆっくり休むといい。よい夢を・・・」 今度こそ、部屋を後にしようとした泰継の耳に、花梨の寝言が届いた。 「泰継さん・・・」 思わず振り返った双色の瞳を笑みの形に細めて、泰継はひとりごちた。 「お前の良い夢は、私なのか・・・?」 それから、そっと部屋を出て行った。 花梨の幸せそうな寝顔を胸の中に抱きしめて。
元ネタは妹が私の弱音メールに答えてくれた、「継さんなりきりモードでの慰めメール」です。
書いてるうちに全然違う話になりましたが〜。 愚痴につきあってくれて&ネタをくれて(笑)妹に感謝です。 タイトルが思いつかなくて悩んでたのですが、ぱらぱら見ていた花言葉の本で、みやこわすれの花言葉「しばしのなぐさめ」が目に入ったので、使わせてもらいました^^; 2003.6.17
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