花霞


光のどけき春の光景。
桜並木の下を行き交う人々を見るともなく眺めながら、青年は金の髪を、優しい春の風に揺らしていた。
蒼い瞳はなんの感慨もなく、咲き誇る花にも興味がないようだった。

小さな子供を連れた家族連れや腕を組んで歩くカップルたちが何人も、佇む青年の傍らを通り過ぎ、さざめく笑い声が耳を打った。
あの世界や、過去の自分が幻だったのではないかと思ってしまうほど、穏やかな風景。

だが彼はひどく落ち着かなく、苛立っていた。
自分はこの風景に溶け込めない。
京と違って、ここでは彼は何者でもなく、石もて追われることも、恐れられることもない。
それでも、この平和は、自分の身に馴染みが無さ過ぎて、実感することが出来ないのだ。
光も心からの笑いも自分とは縁のないもの。
影の中に一人立つ身であったあの頃から・・・。

自分の物思いに気付き、
「くだらぬ」
冷笑を浮かべかけた唇は、駆けてくる少女の姿を目にして止められた。
降り注ぐ柔らかな光を纏って、一心に走ってくる姿が花霞の中に鮮やかに浮き上がっているように感じられた。

「アクラム、ごめん、お待たせ!」
全力疾走して、乱れた呼吸を整えながら少女が謝る。
「待ちくたびれた」
不機嫌に言いながら、青年はさっさと身を翻す。
だがその手は少女のほうへ差し出されていた。
少女はにこっと笑って青年の手をとる。

「綺麗だね」
「人が多くてかなわぬ」
連なる薄桃の雲のような桜を眺めながら、二人はゆっくりと歩いた。
はしゃぐ幼児や、カメラを携えた老夫婦が二人を追い抜いていく。

「そこのお二人さん、冷たい飲み物どうですか!」
路傍で冷した缶ジュースや茶を売っている男が、威勢よく呼ばわる。
彼の目には、今の自分たちも穏やかな春の花見を楽しむ他の客と同じに見えるのだろう。
「あ、買っていい?」
少女が青年を振り返って、聞く。
「好きにしろ」
少女はぱたぱたと氷水の入ったクーラーボックスに近寄ると、楽しそうに選び始めた。
飲み物を選ぶくらいで、何があれほど楽しいのだろうか、と青年は思う。
が、そんな彼女を見ているのは、嫌な気分ではない。

後姿を見せる少女のむこうも、一面の桜。
ふと、光と花に霞む景色を「美しい」と思った。
隣にこの少女がいれば、自分はこの光景を微笑んで見ることさえ出来る・・・。
そんな自分に驚きも覚えるが、端麗な口元は微かな笑みを刻んだ。
「それも・・・悪くはない・・・」


「はい、お茶でいい?」
「お前が勝手に決めたのだろう」
戻ってきた少女から、笑顔とともに差し出される缶を、口振りとは裏腹に素直に受け取り、また歩き出す。

二人の姿は桜を楽しむ人々の中に、穏やかな春の風景の中に溶け込んでいった。





会社の窓から桜(と花見客^^)を眺めていたら、突発的にアクラムと桜ネタが出来てしまいました(笑)
私としては、京ではアクラムは生きていきにくそうなので、現代に連れ帰って欲しいところなんですが・・・。
2の夜の逢瀬の印象が強いせいか、あんまり光が似合う気がしません^^;
日常生活も想像出来ないし・・・。
そして、「アクラム」って書くの、抵抗があるんですよね、何故か。
・・・地の文は「青年」で通してしまいました。
うーん、それにしても・・・これって本当にアクラムだろうか(汗)

2004.3.28



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