輪廻邂逅 |
目を瞑ると、まなうらに蘇るのは一面の草の波。
風が渡り、光の中にお前の暖かな笑顔が溶ける。 私は忘れることがないから。 お前の笑顔を、交わした約束を、いつでも思い出せるから。 だから、今日も私はここで待っていられる。 定められた運命か、それとも神の気紛れか、異界から舞い降りた少女と出会い、私は永い孤独から解き放たれた。 得難いはずのその手を、彼女は私に委ね、この世界に残ってくれた。 いつでも彼女の周りの空気は暖かく、そばにいるだけで柔らかい笑みが自分の頬にも浮かぶのが分かる。 ともに花を眺め、風に吹かれ、月を見上げるうちに過ぎた年月。 それまで置き去りにされるばかりだった年月に寄り添って、お前と生きる日々は、ただただ至福だった。 「泰継さん、生まれ変わっても私のこと分かります?」 「無論。私は忘れることがない。 お前のことなら、なおさらだ」 「全然姿も性格も違うかもしれませんよ?」 くすくすと笑うお前の声は昔と変わらない。 「問題ない」 「でも、すごく遠い場所に生まれちゃったりしたら・・・」 「ここでまた逢える」 私は笑ってお前の瞼に口付ける。 くすぐったそうに身をよじって、白い手が私の頬を柔らかく包んだ。 「泰継さんの笑顔も、昔と変わらないね。 うん、姿が変わっても、あなたの笑顔を見たら分かる・・・きっと」 淡い微笑みとともに、口付けが返ってきた。 以前の私ならば、人ではない自分に魂なぞあるのか、転生なぞありうるのかと、苦い想いを抱いていただろう。 それなのに、今は約束をすることが出来るのだ。 遠い遠い、「次」の約束を。 それも、目の前の至高の存在のもたらしたものなのだ・・・。 溢れる愛おしさと感謝が、この腕から少しでも伝わればいいのに、と願いながら私は彼女を抱きしめていた。 さく、と草を踏みしめる微かな音が足元で鳴る。 果てに霞む峰まで続いていそうな草原の只中を、まっすぐに突っ切っていく。 空は晴れ晴れと青く高く、爽やかな風の吹く日だった。 前を見ても、後ろを見ても続く草の海の真ん中で、私は足を止めた。 「花梨」 霊力の高い者には、私に寄り添う魂の姿が見えたかもしれない。 「うん。・・・しばらくお別れだね」 「・・・ああ、しばし」 「あなたと暮らした日々、楽しかった。 いろんなことがあったね。長いようで、短いようで・・・あっという間だった。 幸せ、だった」 「私も、お前と重ねた日々を忘れない」 さわ、と風が草を揺らして通り過ぎていく。 柔らかな日が辺りを包む、穏やかな初夏の午後、金色の風景。 「お休みなさい・・・」 「お休み、花梨」 また、逢う日まで。 なにもかもを飲み込んだ、穏やかな笑顔で私は見送る。 ふう、と花梨の魂が出会った頃の少女の姿に戻って、空に融けていった。 「少し寂しいけれど、私はきっと待てる・・・ お前がたくさんのものをくれたから」 さら、と草を揺らした風に、傍らに舞い降りていた小鳥が軽やかに飛び立っていった。 草原の中にぽつりと立ったまま、私は花梨が逝った空を見詰めていた。 草の海の上には、廻る車輪のように、幾度もの春が、夏が、秋が、そして冬が訪れた。 一面に小さな白や黄色の花が咲き乱れ、のびやかに青草が萌えいで、虫の音が華を競い、なにもかもが覆われる純白の静謐の季節がやってくる。 その幾つかを私はじっと見守り、幾つかは永い眠りのうちに過ぎ去っていった。 そして。
草原の真ん中に翠の髪の青年が立っている。 彼はじっと空を見詰めていた。 背後から、さく、と軽い足音がした。 そっと呼びかける声。 「・・・泰継さん」 青年が優しい笑みを浮かべてゆっくりと振り返る。 若葉の色の瞳をした少女が、日の光に包まれて笑っていた。
陰陽座のアルバム「夢幻抱影」の曲、「煙々羅」がすごく印象的で、出来たお話。
映画のエンドロールで、草原に人が立っていて、カメラが俯瞰でひいていくような感じのイメージで、幸せな時を重ねて生きてきた二人が、お別れに際して、次の出会いの約束をしていく、という・・・ような場面が浮かびました。 お別れだけど、ハッピーエンドというか、すごく幸福。という印象なんですよ。 で、泰継さんと花梨ちゃんで書いてみました。 映画的な綺麗な描写がしたかったんですが、私の筆力では・・・(泣) いつか、もっと話が練れて、文章力がついたら、再挑戦してみたいです。 2004.4.22
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