花宵の宴 |
泰継と花梨は、花見客も絶えた夜桜の下を歩いていた。 張り巡らされた提灯の灯りも落とされ、辺りは静まっていたが、月は明るく、歩くのに不自由はしなかった。 月の光を浴びて、ほのかに白い花びらが、しずしずと舞い降りる。 「少し遅くなったな」 泰継には絶大な信頼を寄せる花梨の母の、特別な認可を得て、二人で夜桜見物をしての帰り道である。 「ここも綺麗ですね」 小さな公園のようなスペースだが、遊歩道から続く桜並木があり、中央に大きく姿のよい桜の木が植わっている。 公園の中を突っ切って、二人は桜の下を歩いた。 「こうしていると、昼間とは別の世界みたいですね。とっても静かで・・・」 「ああ、今は別の空間、と言ってもよいな」 さらっと泰継に返され、花梨は目を丸くした。 ふわっと夜風が頬を撫でた、と思った瞬間、辺りにぽっと橙色の灯が点った。 「え?」 雛人形のぼんぼりのような、雅やかな照明が照らし出す、一際見事な花の下に設えられた緋毛氈。 色とりどりの振袖やら小袖に身を包んだ女性たちや、着流しの男性、切り下げ髪の童。 様々な格好の人々が、2、3の輪を作り、談笑している。 「宴の最中にあたってしまったようだ」 呟いて、泰継はまっすぐに中央に座す、臈たけた女主人の元へむかった。 「主、邪魔してしまい、悪かったが・・・」 「いいえ、よくおいでくださいました」 微笑んだ彼女は、二人を手招きして自分の隣へ座らせた。 「この宴も今年限り・・・。 こうしてお客人をお迎えするのも、これが最後。 どうぞ、一時宴に華を添えてくださいませ」 するすると寄ってきた女たちが、花梨と泰継に杯を差し出した。 「あの、私、お酒は・・・」 「人の世の酒と違い、悪酔いすることはございませんよ。 今宵のような夜は、酔うのは花にと、相場は決まっております」 鈴を転がすような声で笑いながら、提子を傾ける。 注がれた透明の液体を前に、花梨が戸惑っている間に、泰継は事も無げにくいと飲み干した。 「もう一献、どうぞ」 「ああ」 その様子に興味を引かれたのか、花梨もおそるおそる杯に口をつける。 ふわりと、微かに桜の香りが鼻腔をくすぐり、癖のない味は甘い水のようだった。 「美味しい・・・!」 「お口にあってようございました。 さ、もっとお注ぎしましょう」 「こちらのお菓子はいかがですか?」 酌をしたり、菓子を勧めたりと、周りの女たちは二人の世話を焼く。 周囲でも、杯を重ね、料理を囲んで笑いさざめく声が絶え間なくあがっている。 年も、装束も様々な者たちが、思い思いにくつろいでいた。 その様子を嬉しそうに眺めていた女主人は、ついと立ち上がった。 はら、と開いた扇に花びらを受け、ゆるゆると舞い始める。 翻る袖が作る、夜目にも鮮やかな色の波。 月の光を弾き、彼女に従うように舞う花びらを見ているうち、花梨は次第に夢現の心地に誘われた。 いつしか、花梨は泰継の肩にもたれて、軽い寝息をたてていた。 女主人は二人の前に畏まると、頭を下げた。 「これが、私の最後の宴、お粗末でございましたがお楽しみ頂けましたでしょうか」 「ああ、よいものを見せてもらった」 「最後の舞を、あなた方に見ていただいて、嬉しゅうございます」 夢を彷徨うぼんやりとした意識の中で、花梨は白くなっていく世界と、頬を撫でる滑らかな花びらを感じていた。 微かに肌寒さを感じて目を開けると、花梨は元通り、普通の公園に居た。 「立てるか、花梨。 眠いなら負ぶって帰るが」 「え、も、もう目が覚めましたっ」 慌てて立ち上がると、肩からふわりと花びらが一枚舞って、掌に納まった。 「泰継さん、さっきの人って・・・」 「桜の化身だ。 だが、花は今年限り」 「どうして?」 「寿命だ。 ・・・華やかな姿を覚えていて欲しかったのだろう。 人も、鳥や虫も、数々の者を楽しませてきた、桜の最後の望みだ」 「あんなに綺麗なもの・・・忘れたりしないよ」 掌に滑らかな感触を残す花びらを、そっと握りしめ、花梨は静かに月の光を浴びて佇む桜を見上げる。 「ご招待、ありがとうございました」 ぺこりと頭を下げた花梨の上に、またふわりと花びらが降った。
桜のお話、泰継×花梨編。
泰継さんたちのお話は、やっぱり不思議な話になりました。 いろいろ、用語や名称が分からなくて困った・・・(勉強不足です;;;) 夜道で、人でないものの宴会に行き会う・・・というのは、好きなイメージですが、上手く描写が出来なくて苦しいところ・・・。 2006.3.28
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