夏の熱


 「暑いですね・・・」
夏は好きだ、と公言している花梨だが、焼かれるような直射日光と、もわりとした湿度の高さに、少々くらくらしつつ、呟いた。
隣を歩く泰継は、顔色も変えず、それほど汗もかいていない。
 「こちらの世界では、熱の逃げ場がないようだな」
コンクリートからの照り返しに、さすがに目をすがめつつ、泰継が応える。
 「京の夏は、こんな感じではなさそうですもんね」
 「ああ・・・お前は夏を知らぬのだな・・・」

花梨が京に飛ばされたのは、秋だった。
そして、滅びへ向かっていた京は、冬の晦日の日に、救われた。
そのまま、泰継と二人、こちらの世界に戻ってきたから、花梨は京の夏は知らないのだ。

 「でも、泰継さんは、あんまり暑くなさそうに見えます・・・」
首を傾げつつ、泰継は自分の手を見る。
 「人になったのだし、私とて暑さ寒さは感じるのだが・・・鈍感ではあるようだな」
超然とした白皙の美貌は、夏の強い光の中でも、いささかも褪せることがない。
 「私は羨ましいですよ・・・」
女の子ととしては、汗でぐしゃぐしゃの顔とか、日焼けした腕とかを、隣の美貌の恋人と比較してしまう自分が複雑で、切なくなるのだが・・・と花梨はぼんやりした頭で考えた。

 「辛そうだな」
参っている花梨を気遣って、泰継が覗き込む。
 「どこか、店に入って休むか?」
 「でも、泰継さん、クーラーあんまり得意じゃないでしょう?」
 「私のことを気にすることはない」

よく冷えた店内と、冷たいものは魅力的だったが、花梨はかぶりを振った。
 「目的地までもうすぐですし。 
それに、夏を満喫するのもいいですよ」
 「ふむ、ならば・・・」
小さく泰継が印を切る。

そよ、と微かな風が吹いて、わずかに涼しくなる。
 「泰継さん」
見上げてくる花梨に、泰継は微笑してみせる。
 「僅かだが、風の力を借りた・・・少しは涼しいか?」
 「はい、ありがとうございます」

二人は、陽炎の立つ街の雑踏の中を、歩いていく。
空気の孕む熱にも関わらず、しっかりと手をつないで。





ものすごい突発、短い話。
思えば、あまり夏の話がない・・・かも? 遙かって秋〜冬が舞台だし、春はなんとなくイメージが湧きやすいんですけど、夏はあまり思いつかないんですよね。
というか、夏の日差しのなかの泰継さんが、あんまり思い浮かばない(笑)けど、超然としてそう。

・・・残暑お見舞い申し上げます。

2007.8.12



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