桜の迷い路


「あ、あそこにも」
「あっちはずーっと並木なんだなあ」

買い物に出たある日、花梨は春の陽気と街のあちこちを染める桜色に惹かれて、ふらふらと歩いていた。
この一時期だけは、見慣れた街にぱっと目を引く華やかな色が添えられる。
花が咲くまでは、そこに木があったことも忘れていたのに、今はあちこちで誘うように目を惹く。

午後の日差しはうららかで暖かく、散歩には絶好の日和。
ひとつ、またひとつと桜の花を辿り、花梨は無心に歩いて行く。
桜色に誘われるままに、角を曲がり、小道を辿る。

遊歩道沿いに並ぶ若木たち。
古い民家の正面に、華やかに枝を広げる古木。
人々の目を楽しませる、公園の一角。

そして、ふと気付くと。

「・・・ここどこ?」

辺りは見覚えのない街並みで、どっちに行ったら帰り道なのか、さっぱり分からなくなっていた。
日も傾き始めている。
そんなに遠くまで歩いたわけでもないと思うのだが、土地勘がない辺りに出てしまったらしい。

「うーん、どうしよう」
適当に歩いていれば、分かりやすいところに出るだろうか。
とりあえず、携帯を開いて、地図を見ようとしたとき、後ろから声が掛けられた。

「花梨」
「泰継さん?」

振り向くと、少し心配げな顔で泰継が立っている。

「わあ、よかった! 
今、道に迷って困ってたんです」
ぱあっと分かりやすく笑顔になって、駆け寄った花梨を見て、泰継は目を細めた。
「桜に誘われたか」
「はい、綺麗だな〜って、どんどん歩いてきちゃって・・・。
泰継さんは、なんでここに?
今日は大学で用事があるって言ってましたよね」
説明しながら、ふと花梨は首を傾げた。
タイミングよく通りかかるにしても、周りは特徴のない住宅地だ。

「いや、早く片付いたので、おまえのところに行こうと思ったのだが・・・おまえの気がこちらに感じられたので、追ってきた」
「そうなんですか?
でも、助かりました」
「いや・・・帰るか」
「はい」

二人で並んで、傾き始めた金色の光と、優しい桜色の中を歩く。
「なんだか思いがけず、泰継さんとお花見できたみたいで嬉しいです」
このところは、泰継が忙しくしていたので、ゆっくりお花見に出かけるのは無理かと、少し遠慮していた花梨は、弾んだ声で笑った。

「この辺りの桜の気は優しく暖かいな。
もっとも、それゆえにお前もぼんやりと誘い込まれて迷ったようだが」
「・・・すみません」
「構わない。
私がいつでも探しにゆく」

京に居た頃から、端的な物言いで、でもいつでも花梨を探し当てて来てくれたのは、泰継だった。
陽気のせいだけではなく、暖かくてくすぐったい気持ちになる。
そっと隣を歩く泰継の手に、自分の手を滑り込ませて、ゆっくりと歩いてくれる彼についていく。

桜色の街は、並んで歩く二人を包み込んで、穏やかに佇んでいた。






今年もふらふらと桜見物散歩していたら、こんなお話ができました。
方向音痴なくせに、たまに知らない道を行きたくなる私・・・。
泰継さん、ナビプリーズ(笑)


2010.4.4



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