穏やかな眠り


「先生、寝ないんですか?」
夜も更けた時刻、そっと床を抜け出して陣の外へ出た望美は、静かに闇に紛れる人影を見つけ声を掛けた。
「神子こそ、こんな時間にどうした?
今日は疲れただろう。
他の者も、もう眠っているだろうに」
岩に片膝を立てて座った姿勢で、鋭い眼差しを闇に向けていたリズヴァーンが振り向く。
「・・・」
「眠れないのか」
望美が微かに俯く。
無言のまま、リズヴァーンは己の傍らに望美を差し招いた。
素直に彼女が隣に座ると、すっと外套が差し出される。
「夜は冷える。着なさい」
「え、だ、大丈夫ですよ、先生が冷えちゃいます・・・」
望美は手を振って辞退したが、リズヴァーンが黙ってじっと外套を差し出しているので、根負けした。
「ありがとうございます・・・」
大きな外套にくるまると、望美はまた闇に目を向けているリズヴァーンの横顔を見上げた。
静かな横顔は、何者にも揺るがないように見えた。

・・・だから自分は、ついつい甘えてしまうのかもしれない。
こうして、傍らに居るだけで、安心してしまうから。

「先生・・・何を見てたんですか」
月・・・ってわけでもなさそうだし。
綺麗な月が出ているが,彼の視線は木立の向こうに向けられていて、月を愛でているわけではなさそうだった。
「いや・・・単に習性のようなものだ・・・」
「習性・・・?」

首を傾げて、望美が聞き返したとき、リズヴァーンがすっと身を起こし、刀の柄に手を掛けた。
「先生?」
「下がれ、神子」
すらりとシャムシールを抜き、構える。
辺りの温度が急激に低下するような感覚、それには嫌になるほど覚えがあった。
「怨霊・・・!」
「今日の戦の残滓・・・血と恐怖と嘆きの気がまだ辺りに渦巻いている・・・惹かれて迷い出る怨霊がいてもおかしくない。
騒ぎになる前に片付ける」
ふ、と長身の影が消えたかと思うと、怨霊の目前に銀光が走る。
一瞬で、勝負は決していた。
断ち切られた怨霊が、ぼろぼろと崩れ去ろうとする。
だが、怨霊がそれで滅するわけではない。
「封印します」
澄んだ声で唱えられた封印の詞によって、白い光が怨霊を絡めとり、浄化していく。
天に還る光とともに怨霊は消えていった。



二人は、再び並んで腰を下ろし、闇を見つめていた。
「・・・先生、ずっとこうやって、一人で見張りをしていたんですか」
リズヴァーンはそれには答えなかった。
「戦の後は、野の獣も、草木も、辺りに満ちた混沌の気に惑わされるようだ・・・。
お前も、当てられたか」
「・・・」
剣を握るには、あまりに細く見える指が、ぎゅっと衣を握り締める。
「覚悟を決めたはずなのに・・・やっぱり、本当に戦の中に置かれたら・・・何がなんだかわからなくなって・・・血の匂い、剣の響き、炎・・・まだ、頭の中でぐるぐる回ってるみたいで・・・」
唇を噛んで俯いた望美は、そっと肩に手が置かれるのを感じた。
何も言葉はなかったけれど、感じる温かさが自身のうちに流れ込んで、こんがらがった心を癒してくれるような気がする。

(そうだ・・・これが生きている人間の温かさ・・・
この温かさを守るため・・・私は戦うって決めた・・・)
しばらく、黙って望美はリズヴァーンの温かさだけを感じていた。




「ん・・・」
身じろいで、眠りの淵から浮上し、望美は指先に、頬に、包まれるように感じていた温もりを再度捉えなおす。
(温かい・・・)
「望美?」
柔らかく自分を呼ぶ声が、自分を抱きしめて眠っている人から降って来る。
(幸せ・・・だな)
何度もお互いに失った温もりを、今この手に捕まえることが出来たこと。
緊張で、不安で、哀しさで眠れずに数えた幾つもの夜を越えて、お互いの温かさを感じて安らかに眠ることが出来ること。
(幸せ・・・だよね)

更に深く自分を抱き寄せるリズヴァーンの腕を感じながら、望美はもう一度、緩やかに穏やかな眠りに沈んでいった。





まだ3創作はこなれてない感じが致しますが・・・
なんだか急に書きたくなって書いてしまいました。
先生って、なんだか皆と一緒に眠っているイメージがなくて・・・夜中も一人で見張りしてたりとかしそう・・・と思ったのがきっかけです。
プレミアムボックスを買った方なら、お分かりになるであろうマントネタも、一度はやってみたかった(笑)

あとは、望美ちゃん、やっぱりいきなり現代女子高生が「戦」に馴染むのは無理だと思うので・・・。
でも、今回は書き切れませんでした。
そこは割り切らないと、ゲーム的に話が進みませんが、私の中でちょっと引っかかってはいるんです。
だって・・・明らかに人間の敵とも戦っているんですもの、3って。
望美ちゃんや譲くんは抵抗あっても当たり前だと思うんですが・・・。
そこを自分の中で一回納得するために、望美ちゃんの決意ももう少しちゃんと書いてみたい気もします。(難しいけど・・・;;;)

2005.1.26



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