式神を追って、泰継は古い木造民家の立ち並ぶ一角までやってきた。
小道の先はこんもりとした緑。
こじんまりした鳥居が神域を主張していた。
先を飛んでいた鷺が、その直前で弾かれるように紙に戻り、はらりと地面に落ちた。
「一種の異界・・か」
鳥居を見上げ、琥珀の瞳が鋭く細められる。

「あのっ」
声をかけられたほうを見やると、花梨と同じ制服を来た少女たちが立っていた。
「あの、阿倍さん・・・ですよね?」
訊いた彼女には泰継も見覚えがあった。
花梨とよく一緒にいる娘だ。
「なんでここに・・・?まさか、花梨追っかけてきたんですか!?」
「そうだ」
「ええーっ」

『追っかけてきた』のニュアンスが違ったが、あえて泰継はきゃーっ、と盛り上がる少女たちは放っておい た。
「あとで花梨は送りとどけるゆえ、先に行っていてくれるか?」
「はい、わかりました!でも、集合時間に遅れるとまずいですから、お願いしますね」



くすくすと笑いながら立ち去る少女たちが見えなくなるまで泰継は見送った。
「さて・・・」
周りに人の気配がないことを確かめ、鳥居に向き直る。
気を整え、泰継は一息に術を放った。
神社を包む結界が引き裂かれる。
かなり強引な破り方だが、こと花梨が絡む件に関しては、冷静さの持ち合わせも少なくなる泰継であった。

境目の鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れる。
中央に立つ椿の古木の枝が茶色の髪の少女を磔のように絡めとっているのが見えた。
「花梨!」
少女は項垂れて目を閉じ、意識を失っているようだった。
「おのれ・・・」
泰継は目をすがめて、椿を見据える。
「花梨に手出しはまかりならん。返してもらおう」

薄暗い空間にぼう、と青い鬼火が灯り、紅の衣を纏った姫の姿が現れた。
その細い手は木の枝と化している。
「怨霊か・・・その上に植えられた木と溶け合っているのか」
椿の枝は花梨を抱きこんだまま、離そうとしない。
「花梨を返してもらおう」
泰継は怒りを滲ませた低い声で言い放った。
「さもなくばたった今調伏する」

「寂しいの」
少女の細い声が訴える。
贄として捧げられたときの年若い姿のまま、幾とせを数えたか。
「この人に居て欲しい」
枝は眠る花梨を更に深く捕らえる。
「ずっとずっと独りだった・・・。もう、自分のこともわからなくなるほど・・・。
意識が曖昧になって、私という輪郭が溶けていってしまう気がする。
いや・・・怖い」

その言葉は、泰継にも覚えがあるものだった。
たった独り、自分について考えつづけた夜、ふと思考が曖昧になったときに、「自分」を構成する要素の 不確かさに恐怖を覚えた。
そのときは、その感情に恐怖という認識はなかったけれど・・。
「人」は周りに「人」がいて、感情を交し合うことがなければ、自分を確認することができなくなるのか もしれない。
鏡に映さなければ、自分の姿が分からぬように・・・。

「・・・お前を哀れとは思う。私にも覚えのあることだから」
ぴっと泰継は符をはさんだ指をかざした。
「だが、花梨はやれない。 ・・・誰にも譲れない」
光の筋を引き、その指が陣を描く。
「花梨!」
ふ、と閉じられていた碧の瞳が開いた。
「や・・・すつぐ・・・さん?」

愛しい人が、自分を呼ぶ声が。
自分を求めている声が聞こえたから。

「花梨!無事か!?」
「泰継さん!」
「少し待っていろ。すぐ助ける」
言う間にも泰継は宙に印を描き、気を練っている。

「いや!いや、いや!!」
叫んだ姫に同調するように、椿の枝が大きくしなって、泰継を襲った。

「!」
「やめてっ!!」
白い光が、花梨を中心に渦を巻いた。
泰継に襲い掛かろうとしていた枝が砕け散り、跳ね返される。

「雷光招来 急々如律令!!」
泰継の声に従い、轟音とともに、椿を青い雷光が襲った。
「きゃあああ!!」
古木が光に焼かれ、砕ける。
花梨を拘束していた枝が弾けて散った。

頭を抱えて蹲っている姫に花梨は手を差し伸べた。
「ごめんね・・・。
私は・・・泰継さんのそばにいたい・・・。
あなたを送ってあげるから。
そうして、またこの世界に生まれてくるときには・・・友達になろう?」
優しい浄化の力が、その手に宿る。
「・・・うん・・・」
涙を浮かべて花梨の顔を見上げていた姫は、おずおずと小さな手を花梨の掌に預けた。
ふわり、と白い光が姫を包んで、彼女はすうっと天上へと消えていった。



辺りを染めた光が薄れ、通常の風景が戻ってくる。
狭い境内、焼け焦げた椿の木の元に二人は立っていた。
しばらく花梨は天を見上げていたが、ふいに「あ」と言って泰継のほうを振り向いた。
「どうして泰継さんここにいるの!?」
「・・・胸騒ぎがして追ってきた」
「え、そうだったんですか?
あっ、まだお礼言ってませんでした。
助けてくれてありがとうございます。」

ふう、とため息をついて、泰継は花梨の手をとった。
「まったく、お前は少し目を離すとどこかに飛んでいってしまう」
「こ、今回は不可抗力っていうかっ・・・」
少しむくれて花梨は抗議した。
「お前の光は、精霊や獣をも魅きつける。
怨霊までもが近づいてくる」
「え・・・」
「だから、お守りだ」

花梨の左の薬指に細い銀のリングをはめながら、そっと耳元に囁いた。
「そばにいてくれ。ずっと、私のそばから離れないでくれ」
目を丸くしてリングを見た花梨は、その声に顔をあげ、澄んで自分をみつめる琥珀の瞳を覗き込んだ。
透明なその瞳に映るのは自分の姿。
「はい・・・」
そうして、頬を染めて頷いた。


「本当に泰継さんがいつでも守ってくれてるみたいだね」
指輪を光にかざしながら花梨が微笑んだ。
「そうだな・・・。お前が無茶をしないように、呪いでもかけておくか」
「ええー。私いつもいつもそう、ふらふらしてるわけじゃありませんよう」
「いつもいつも事件に巻き込まれているのは誰だ」

彼女は本当にいろいろなものに愛され、いろいろなものを魅きつけてしまうから。
花梨の太陽のような光、月のような優しさに焦がれて寄ってくるものたちの、自分も一人なのかもしれ ない。
彼女の放つ光、ぬくもりにこんなにも呪縛されている。

「かならずお前を守る。ずっと、守る」
この先もずっと彼女の傍らで、彼女を守りつづけることができるように。
真摯な祈りのむかう先。
「私も、ずっと一緒にいたい。貴方のことを守りたい」
応える祈りがある。

それは銀色の光に刻まれた、二人の誓約となる。






現代設定って人によっていろいろでおもしろいんですが、私のとりあえずの想像はこんな感じ。
職業とか、どんなところに住んでるのかとか、考えるのも楽しいですね。
花梨ちゃんは泰継さんに敬語でしゃべるのか、とかちょっと悩んだり・・・。

泰継さんだったら贈り物のアクセサリーにまじないでもかけて、離れているときでもいつでも守ってく れそう。
ってところから出来たお話です。
ちなみに、なんか地の文でも『泰継』って書くのに抵抗が・・・。「さん」ってつけたい・・・。



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