走りこんだ庭には、中心に桜がそびえていた。
むしろ、桜を中心として、庭が造られたのかもしれない。
宵闇の中で見る桜は、昼の光の中での印象から一変し、妖艶に己を誇示していた。
ざわり、と枝が一斉にそよぎ、桜花が視界を埋める。

「!」
「ほう・・・珍しいことじゃな。二日続けて客とは」
樹の下に、女房装束の女が現れていた。
「それって、泰継さんのこと!?」
叫ぶ花梨の言葉を無視して、女は感心したように呟く。
「稀なる気を纏うておるな。そなた、何者じゃ?」
「何者・・・って言われても」
龍神の神子だ、とでも言えばいいのか?

「ええと・・・高倉花梨といいます。人を探しに来たんですけど。碧の髪で、目は琥珀で
・・・綺麗な・・・」
「その男なら来たぞ」
あっさりと女は言った。
「ほんとですか!?」
「もうわらわのものじゃ」
「えっ!?」
「わらわが取り込んだ。わらわと共に、長き時を闇の中にて過ごすのじゃ」
桜樹に手をついて、うっとりと女はうそぶく。

「そんなことさせない!」
ひたと目を据えて、花梨は女と対峙した。
くくくっ、と女はおかしそうに嗤った。
「もう遅い。桜は異界。桜は惑わし神。
あの男は永遠に桜闇の中を彷徨う。わらわのものじゃ」
「泰継さんは私のなんだから!!」
かっとなった花梨が叫んだ刹那。

閃光が闇を裂いた。

「なにっ!?」
女が振り向く。
光は桜の幹を切り裂き、巻き込んだ花びらを消し去る。

「私は迷いはしない」
淡々とした低い声が言った。
「泰継さんっ!」
花梨が喜びの声をあげる。

光の中に、紛れもない彼の姿がある。
「私はただひとつの光、北辰を知っているから。
私にとって陽であり、月であり、不動の星である― 唯一の存在を」
泰継は眩しげに花梨を見た。

「花梨、呼んでくれて助かった。どこから結界を破ったものかと思案していた」
「泰継さん!」
半泣きになりながら、花梨は彼のもとに駆け寄った。
一瞬だけ抱きしめてから、泰継は彼女をかばうように一歩前に出る。

「おのれ・・・」
女の形相が歪む。
「お前は理を乱し、この世に現出した妖(あやかし)、凝った思念を散らし、もとへと返す」
透る声が宣告する。

「金剋木!!」
その手に現れた小太刀が力を受けて淡く光る。
「斬妖伏邪 急々如律令!!」
泰継の手から放たれた小太刀が、女の胸に突き刺さった。
「あああぁぁぁっー!!」
光に引き裂かれるように、妖の姿は四散した。
闇が薄れる光に代わり、戻ってくる。
夜の中に、白く光る花びらがはらはらと散っていく。



「な、何があったんですか!?」
青年とお手伝いの女性が、駆けつけてきた。
「今まで、庭のほうに行こうとしても、入れなくて」
事態を把握しきれず、慌てている当主に、泰継はごく簡潔に説明した。

「もう終わった。ここに凝っていた思念を散らした。」
「は?」
良く分かっていない青年に代わって、花梨が質問した。
「あの桜は、もう大丈夫、ってことですよね?」
「桜に寄せる人間の想いが長い年月のうちに、あの妖(あやかし)のかたちをとった
のだ。桜の下で惑う人間の心が・・・。」

独白のように説明する泰継に、「はあ・・・」と青年は桜を見上げた。
今は、桜は穏やかに手弱女(たおやめ)のような風情で佇むばかり。
「だが、今後、鎮花祭はきちんと行ったほうがよいな。」
青年のほうを横目で見て言うと、
「は、はい!来年もお願いします!」
大声で青年は頭を下げるのだった。
「泰継さん、もう来年の予約もとるんですか?すごいですね」
なにか間違った花梨の台詞に、泰継は苦笑したが、あえて何も言わなかった。





暖かい春の陽射しの下に、桜のトンネルが現出する川沿いの道を、泰継と花梨は
歩いていた。
「お花見日和ですね!お天気もいいし、暖かいし、桜もとっても綺麗だし」
大きなバスケットを下げた花梨が、うきうきと言う。
「お前と見るからか、桜が優しく感じられる。」
陽射しに負けないくらい、穏やかで暖かい笑顔を、泰継は花梨にむけた。
「そこに何を見るかは、人の心次第なのだな・・・。
お前と見られて、幸せだ」
「私も、泰継さんと見られて幸せです」
心からの笑顔を、花梨は返した。

二人の上に、春の木漏れ日が優しく降り注いでいた。









すいません、ありがちだとは思うんですけど、私なりの桜の話、書いてみたかったのです。
しかも、長くなってしまった(^^;)
なんだか、書いてると、(泰継さんと花梨ちゃん、こんな言動するかなあ)って思ったり
もするんですが、どうでしょうか・・・?

設定で少し、「誓約と呪縛」を引きずってますが、分かりにくいでしょうか?
泰継さんは現代ED後、陰陽師をしています。
指輪、というのは「誓約と呪縛」で泰継さんが花梨ちゃんにあげたものです。

鎮花祭は、少し調べたんですけど、あんまりつっこまないでください・・・。
今はあちこちの神社で行列や舞を行うところが多いようですね。
奈良の大神神社の摂社、狭井神社(花鎮社)がはじまり、という説とか見かけました。
京都の今宮神社のやすらい祭りもそういう意味があるとか。(御霊会プラス鎮花祭?)

あと、桜はどうしてもイメージがソメイヨシノになってしまうんですが、ソメイヨシノの寿命は
60年ほどなんだそうです。
だから、あれはきっと山桜とかの寿命の長いやつです、そういうことにします(笑)
でも、ソメイヨシノはクローンなんで、全国各地で一斉に寿命を迎えている、いろいろ問題
を含んだ生命らしいです。
造りだされた美、なんだね・・・。
平安時代の歌に詠まれた桜ってどんな光景だったんでしょうか。
今とは違うはずですし・・・。

桜って、誰もがなにかしらの思い入れをもつ、不思議な花ですね。
幻想的だったり、のどかだったり、イメージもさまざまですし。
今年の桜は、どんなふうに映るんだろうな〜。

ああ、あとがきも長い。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。




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