「泰継さん、お仕事大丈夫かな・・・。泰継さんに限って滅多なことはないって分かってるけど・・・」
ベランダで子犬を腕に抱いて、花梨は夜空を眺めていた。
今頃、泰継はこの夜闇の中で、陰陽師としての仕事をしているのだ。
泰継の腕には絶対の信頼を寄せているが、万が一の危険がないとは言えない。
次に無事な姿に会えるまで、ほんの少し落ち着かない気分は消しようがなかった。

と、風の匂いを嗅ぐように、鼻を鳴らしていた子犬が、するりと花梨の腕から抜け出した。
「どうしたの?」
「わん!」
一声答えるように吠えると、子犬は寝静まった街へと走り出して行ってしまった。
「ちょ、どこいくの!」
慌てて、花梨はサンダルをつっかけると後を追った。



「くっ・・・素早いな」
風の速度であらゆる方向から攻撃を仕掛けてくる相手は、泰継の術をもってしても捉える事が難しい。
なぶるように襲い掛かる狂風を、なんとか最低限の傷でかわしながら、どうすれば妖を補足できるか考えを巡らせていた。
「縛!」
ひるがえった手から放たれた呪符は、疾風に乗って移動する獣にかわされ、効力を発しなかった。
だが、鎌鼬もやっかいな陰陽師相手にいつまでも拘泥するつもりはなかったらしく、次の瞬間、風が巻いたかと思うと、獣の姿は消え去っていた。
「・・・しまった、逃がしたか」
きり、と唇を噛むと、翠の髪の陰陽師は妖の残滓を追うべく、気を探リ始めた。



「シバくん〜、どこまで行くの〜」
ぜえはあと、必死に子犬を呼びながら走る花梨だが、とうとう息が切れて立ち止まった。
子犬は一心不乱になにかを目指して走っていく。
だが、その足がぴたり、と止まった。
「シバくん?」
駆けよりかけた花梨は、圧力を持った大気がごう、と押し寄せるのを感じた。
「なにっ・・・!?」
重い風に突き飛ばされ、花梨の身体が地面に転がる。
鋭い刃が襲いくるのが、通常の知覚によらず察せられた。

だが、刃がその身に届く前に、飛び込んできた小さな影がその軌道を変えさせた。
「シバくん!」
子犬は、花梨を守るように前に立ち、小さな牙を剥いている。
鋭い光を宿したその目の向く先を追って、花梨も渦巻く風の中央に座す黒い獣を見た。
獣は嘲笑うように金の瞳を細めると、再び襲い掛かってきた。
「!」
思わず花梨は子犬をかばおうと、身を起こした。
「花梨っ!!」
その耳に届く、呼び声。
飛び来たった呪符が、風の刃を弾く。

「泰継さん!」
駆け寄ってくる翠の髪の青年を認め、花梨は喜びと信頼の色を浮かべた。
駆けてきた勢いのまま、泰継は花梨を抱き寄せる。
「大事ないか!?」
「はい」
花梨の身に怪我がないことを確認すると、泰継はほっと息を吐いて、彼女を腕の中から解放した。

そして、花梨を背にかばい、鎌鼬と対峙する。
その足元に、並ぶようにして子犬が身構える。
ちらりと目をやると、子犬の澄んだ目が深い色を宿して、じっと泰継を見上げていた。
「やれるか?」
一声、応えると、子犬は鎌鼬にとびかかった。
襲いくる風の刃をかわし、喉笛を狙う。
子犬は回り込むように攻撃を仕掛けて、上手く鎌鼬の動きを制限した。
陰陽師の端麗な口元が、言霊を紡ぎだす。
「急急如律令!!」
今度こそあやまたず、力を乗せた呪符が鎌鼬を貫いた。



「お前・・・」
一息ついて、泰継は足元にじゃれつく子犬を、掬い上げた。
「そうか・・・。あれを封じるために置かれた者だったのだな、お前は」
くんくん、と子犬は応えて鳴いた。

それから、泰継は花梨に向き直り、厳しい顔をして見せた。
「何故、こんな夜中に出歩くのだ、お前は」
「ご、ごめんなさい、シバくんが急に走ってっちゃって・・・」
それを聞いた泰継は、目線を合わせ、子犬に真面目に言い聞かせた。
「手助けには礼を言うが、花梨を一人で置いてくるな」
子犬は、くうんと鼻をならし、こくりと頷いた。
「泰継さん、いいなあ会話できて」
尊敬の眼差しで泰継を見上げていた花梨は、彼の腕の中の子犬の頭を撫でる。
「助けてくれて、ありがと」
そして、控えめに泰継の腕に抱きついた。
「泰継さん、助けてくれて、ありがとう」
柔らかく微笑して、泰継は花梨の肩を抱き寄せる。
「お前が無事なら、それでいい・・・」
二つの影が、引き寄せられるように重なった。





帰り道、泰継から子犬を受け取ってあやしながら、花梨は嬉しそうに彼を褒め称えた。
「お手伝いも出来るなんて、すっごく賢い子ですよ」
「わかった・・・。うちで飼う」
諦めた泰継が降参する。
それに、子犬がいれば、しばしば花梨がマンションにやってくる大義名分もできるのではないか。
花梨自身の生活を乱す気は毛頭ないが、出来るならば毎日一緒にいたいくらいだ。
これはチャンスというべきなのかもしれない、と密かに泰継は考えを改めた。

「わあ、よかったね、シバくん!」
「ただし・・・」
「ただし?」
「お前が面倒を見てくれるだろうな?」
「いいですよ!」
泰継の目論見をちっともわかっていない花梨は、笑顔で安請け合いをした。



「ところで、その犬の名は『シバくん』で確定したのか?」
「うん、・・・駄目?」
無邪気な笑顔全開で花梨が言えば。
それが首を傾げるようなセンスだとしても、泰継には全く問題ないのであった。








前から動物相棒ネタを考えてはいたのです。
今回、なんとなく話がまとまりそうだったので、書いてみました。
でも、なかなか「ネタ」が「話」になるまでが、時間がかかって・・・。
いろいろ、設定の矛盾が〜。陰陽師としての仕事、というのが曖昧なイメージのままなのが敗因かもしれない。
随分長く温めてしまいました・・・(の割にこの程度^^;)
イメージとしては、「創竜伝」の松永くん・・・(笑)
ちなみに2004WDのイラスト&SS泰継さんバージョンはこれが元ネタです。
が、全くのパラレルだと思ってください〜。

2004.5.18



書庫へ
メニューへ