「きっとお前を守り、お前の願いをすべて叶えるから・・・」 それは誓約。そして彼の心からの願いと決意。 かつて口にした言葉は、今も変わらず、常に心の真ん中に刻まれている。 誓約と呪縛「来週の土曜はお前の誕生日だな。」 グラスを口に運びながら、泰継は言った。 昼下がりのカフェテラス、デートの休憩中である。 「え、覚えててくれたんですか」 「無論」 「嬉しいなあ」 光がこぼれるように笑う花梨を見て、泰継も柔らかく目を細める。 「来週は学校の行事とやらで遠出するのだったな」 「うん、修学旅行っていうの。 うちは早い時期にするんですよ。 でも、金曜の夕方には帰ってくるから」 「花梨」 少し真剣な声音で泰継が呼びかけた。 「はい」 「お前と共に食事でもと思って、店を予約してある。 そのときに・・・話を聞いてもらえるか」 「え?どうしたんです、改まって」 「そのときに話す」 花梨は不思議そうな顔をしながらも、笑顔で頷いた。 現代においても泰継は陰陽師をしている。 戸籍や、ある程度の現代の知識は龍神によって与えられていた。 周囲には両親と死別して天涯孤独の身の上だということになっている。 『京』とはまったく違う世界だが、もともと知識などの吸収は早い泰継のこと、慣れるのにもそれほど時 間はかからなかった。 花梨も『京』においてこのような思いをしたのかと思えば、弱音を吐くことはなかった。 もっとも、花梨は一応「このような生活をしていた時代(正確には別世界だが)があった」という認識は あったわけで、未知の事象に満ち溢れた現代に泰継が翻弄されたのとは少し違うだろうが・・・。 しかし、花梨は出来うる限り傍らにいて、泰継が困らないように助けてくれたし、彼女の世界に馴染むこ と、新しいことを知ることは嬉しいことでもあった。 口コミで次々と入ってくる依頼のうち、今日のアポイントメントの分を片付け、泰継は部屋に戻ってきた。 郊外の、まだ緑が多い辺りに建つマンションの一室である。 あまり物がなく、シンプルな部屋であるが、花梨の心遣いで植物や、ファブリックが柔らかい印象を与え ている。 花梨が休みの日には問答無用で仕事を入れないようにしているが、そのぶん平日はぎっしりと依頼が詰まっ ている。 宣伝もしていないのに、腕がたつと評判の陰陽師を頼ってくる者は引きも切らない。 「時代が違っても、世界が違っても、人の業は変わらぬものか・・・」 彼に助けを求めてくる人々の語る内容は、本質的には『京』と変わらない。 「今ごろ何をしているか・・・」 ふと、旅行先の花梨のことを想った。 ジャケットを脱いで椅子の背にかけ、ミネラルウオーターを冷蔵庫から出してグラスに注ぐ。 そのとき。 カシャン、と高い音を立てて、グラスが砕けた。 「これは・・・」 床に散らばったグラスのかけらを見やって、泰継は眉をひそめた。 彼がこの部屋で生活を始め、花梨がいろいろ必要なものを一緒に選んでくれたさいに「プレゼントです」 と買ってくれたものだった。 「花梨・・・」 「寂しい感じだね」 「ちょっと気味悪くない?」 「そうかな・・・。」 金曜日の旅行最終日、花梨たちのグループは小さな神社に来ていた。 自由行動のスケジュールだが、昼には集合して帰路につかねばならず、それ程余裕はない。 そこで、付近の古い町並みを散策していて行き当たったのだ。 古い歴史を持つ地だけあって、駅前の繁華な場所を少し外れると由緒ありげな建物がぽつぽつと目に入る。 そんな中にすっぽり馴染むようにして、緑に包まれた境内があった。 なんということもなく、花梨たちはお参りをした。 宮司も氏子もない忘れ去られた社だが、大きな椿の木が、まるで傘のように立っていた。 「あの木・・・かなあ」 こじんまりとした境内には何もないが、由来を書いた札が立てられていた。 その由来というのは、この地の豪族の幼い姫が、天災を鎮めるための贄となりここに埋められた、それを偲 んでその上に姫の好きだった椿を植え、のちに社が建てられたという、人身御供譚だった。 「まだ小さい子・・・なんだよね」 椿の古木を見やって、花梨は呟いた。 いまにも雨が降りそうな曇天、人気のない侘しい風情の境内に級友たちは気後れを感じたようで、 「もう帰ろうよ」 と口々に言った。 「うん、あ、靴の紐ほどけてる・・・。ちょっと先行ってて」 「早くね」 花梨はかかんでブーツの紐を結び直した。 椿の古木がさわりと風に枝を揺らしている。 「大きな椿・・・。」 「おねえちゃん」 不意に子供の声が呼びかけた。 「え?」 驚いて、花梨は辺りを見回す。 木の陰からおかっぱ頭の少女が顔を出した。 「あ、びっくりしたあ。あなた、この辺の子?」 花梨は柔らかく笑いかけた。 「おねえちゃん、遊んでくれる?」 「え?今から?でも、私・・・」 行かなくちゃ、と言いかけた花梨の手を、少女の小さな手が引いた。 「ねえ。寂しいの。遊んで。おねえちゃん」 そのひんやりとした感触。 翻る、紅の袖。 「え・・・っ」 「寂しいの」 少女の幼い声が、辺りに反響するように響いて、空間が墨を流したように歪んだ。 花梨を追って、泰継は旅行先までやって来ていた。 目立つ彼のこととて、駅前に立つ泰継に行き交う人々の視線が注がれる。 だが、それらは全く意識の外に追いやって翠の髪の青年は立っている。 ジャケットのポケットにしのばせたものを握り締め、泰継は呟いた。 「花梨・・・」 焦る心を必死に抑制し、携帯を取り出し彼女の番号にかけてみる。 だが、「ただいま電波の届かないところに・・・」とアナウンスが虚しく応えるのみ。 泰継は目を閉じると雑多な気配の中から花梨の気を探った。 「・・・?」 やっと探し当てた微かな花梨の気に紛れるようにして、なにか異質な気配が感じられる。 「式!」 符が中空に放られた瞬間、白い鷺に変わり、はばたく。 「花梨の気を追え」 泰継は空を滑って行く鷺を追って走り出した。
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