きらきらと、瑞々しい緑の間から光が降って来る。 光の粒が、私の周りで舞踏しているような。 でも、私は自分の腕を強く握り締める。 寒い。 光はこんなに眩しいのに― 夏氷華「暑〜い〜」 花梨が陽射しを振り仰いで言う。 「もう夏だね」 濃密な、草木の――生命の匂いが大気に満ち、全てのものが解き放たれるような季節が、やってくる。 「そうだな」 目を細めて少女を見守っていた泰継は穏やかな声で応えた。 「なんだか、夏って、わくわくして好きなんだよね」 「お前はどんな季節でも好きだろう」 花梨はぷっとふくれてみせた。 「それって私が脳天気みたいじゃないですか」 泰継は苦笑して花梨を抱き寄せた。 「どんな季節でも、どんな物でもお前は良いところを見つける。 夏は生命の熱を賛美し、冬は清冽な厳しさを美しいと言う。 お前は全てのものを愛するだろう?」 真面目な顔で囁かれて、花梨は慌てて首を振る。 「わ、私そんなに出来た人間じゃないですよ!」 「・・・私には今まで、季節など意味がなかったから・・・。 今は何もかもを初めて見るような心持ちがするのだ」 少しだけ寂しげに、しかし穏やかに言われた言葉に、花梨はぎゅうっと泰継を抱きしめ返した。 「泰継さん・・・。あなたと見るなら、何もかもを愛しく思えるような気がします」 微笑んでそう言うと、花梨は泰継の胸に顔を埋めた。 そんな花梨を更に深く抱きしめて、泰継は極上の笑顔を浮かべる。 「さあ、今日は祭りを見に行くのだろう?」 「今年は100年に1回の大祭なんだって。見られてラッキーですねっ」 渋めの茶のタタキ縞の浴衣もすっと決まった泰継と、涼しげな青の花の柄の浴衣でおめかしした花梨は、少し遠出をして祭り見物に来ていた。 花梨にしてみれば、浴衣でデート、という特別なシチュエーションなのだ。 境内にはあちこち紙灯篭が下げられ、午後の光の中で出番を待っている。 参道の露店をひやかす人々のざわめき。 冷し飴やラムネのガラス瓶の輝き、金魚の揺れる赤、つややかな照りに彩られた林檎飴。 真白い光に照り映える、社の屋根。 強い光が、ものを浮き立たせ、また濃い影をつくる。 すべてが曝け出され、非日常に続くような――。 時間が引き延ばされたような、一種異様な空間に楽の音が響き、舞台に舞いを奉納する巫女姿の少女たちが立つ。 笛の音が長く尾を引いていく。 長い黒髪に、白い巫女装束。 ゆっくりと流れるような動き。 『助けて・・・』 「だれ?」 微かな声が聞こえたような気がして、花梨がふと空を仰いだとき。 「なんだ?」 「え?」 人々の訝しげなざわつきが、楽の音を中断させた。 初夏の、溶けた飴のような陽光を宿す空から、氷の欠片が降ってきた。 それは、あっという間に激しい雨のように降り注ぐ。 『助けて誰か!』 刺すような激しい思念が、一瞬花梨の耳を掠めた。 (誰かが泣いてる・・・。ううん、泣けずにいる・・・) 「わあっ」 「雹だ!」 人々が屋根のあるところを求めて、一斉に避難しようとし、辺りは混乱に陥った。 「花梨!」 泰継が腕を上げて花梨を庇い、木の下へ走る。 「ありがとう」 花梨は泰継を見上げて、礼を言う。 その視線が、ふと泰継の向こう側に止められた。 「どうした?」 「あそこに居る子・・・ねえ、あの子も連れてきていい?」 花梨は泰継の答えを聞く前に、木の陰から走り出ていった。 「待て、花梨!」 だって、あんまりその子が虚ろな顔で、氷の降って来る天を仰いでいるから。 (怪我しちゃうよ) 「ねえ!」 真っ白な着物の少女が、走ってくる花梨のほうを振り向く。 目が合った。 淵を思わせるような冥(くら)い深さを持った、美しい紅い瞳。 「っ・・・!?」 途端、ぐるり、と世界が廻った感じがして、時間が止まった。 「ねえ、あなた」 氷片の散るような声がした。 目の前に少女が佇んでいる。 純白の着物、プラチナブロンドよりも白に近い髪、そして紅い瞳。 「どうしてこんなところにいるの?」 「え・・・こんなところって・・・」 いつのまにか、周りは白く冷たい霧に閉ざされている。 少女は光のない双眸で、花梨を見つめていた。 (この目・・・どこかで見たような・・・) 「ここは時の凍ったところ。 私以外には誰もいない・・・ ときどき、来る人もすぐに凍ってしまうから・・・」 「寒い・・・」 さっきまで、暑かったはずなのに・・・ 今はまるで、氷室の中にいるようで。 花梨は思わず、自分の腕を抱きしめて震えた。 「・・・?」 少女の、白く細い手が伸ばされる。 間近に覗き込む、洞(うろ)のような瞳。 氷のように冷たい手が花梨に触れた途端。 どくん、と心臓が強く跳ねた。
|